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異譚メルヘン第一話一卵性兄妹


いけにえの子が生き返ってから千年を数えない時代のことですある森のそばに石ほども年を取りたいそう強いちからを持った魔女がいましたこの魔女には若くてきれいな娘がひとりあって悪い虫がつかないよう大切に育てられていましたやがて娘が年ごろになると年老いた母親は魔術の手ほどきをはじめましたいずれはりっぱな魔女になって自分を助けてくれたらと考えていたのです。

そんなある日のこと母親は娘を呼んで言いました。おまえもそろそろ使い魔を持っていいころだあたしが地獄まで行っていちばんいい悪魔を見つけてきてやろうしばらく留守にするけどなまけて暮らしてるんじゃないよ教えてやった呪文をじょうずに唱えられるよう毎日練習していなさいそれから男どもには気をつけて家から出ないようにするんだよ」。

すると娘はわかったわお母さんとすなおに答えました。ちゃんとそのとおりにしてるから心配しないで行ってきて」。

それを聞いた母親は銀の指輪を取りだして娘の指にはめましたそこには古いルーネ文字で、

    われをその身に帯びしは

     なにびとにも触れられざるものなり

    このものに害をなさんと欲するは

     その害をおのが身へと受けるものなり

と刻まれているのでした。いいかいこの指輪をけっしてはずすんじゃないよと母親は念をおしました。これさえ身につけていればおまえは安全だしもし悪いやつがあらわれても逆にそいつをこらしめてくれるからね」。

すると娘はわかったわお母さんとすなおに答えました。ぜったいにはずしたりしないから心配しないで行ってきて」。

そこで母親はすっかり安心してホウキにまたがり飛びたっていきましたところがその姿が見えなくなったとたん娘は言いつけられたことをきれいに忘れてしまいましたそれというのもこの娘はほんとうは魔女になんてなりたくなくてふつうの村娘たちと同じようにしあわせなお嫁さんになるのが夢だったのです。

そういうわけで娘はさっさと家をあとにすると森へと遊びに出かけていきました近くのに住む木こりの若者がそこで仕事をしているはずでした娘はひそかにこの若者に心をよせていて斧をかついで森へ向かう姿をいつも窓から見つめていたのです風にのってひびいてくる斧が木を打つ澄んだ音が娘を若者のもとへと導きました。

いっぽうこの木こりの若者のほうでもいつも窓辺に見える美しい娘のことが以前から気になっていたのでしたそこで木かげに隠れている娘の姿に気がつくと仕事の手をとめて声をかけずにはいられませんでしたもっともそうして木々をはさんでおずおずと言葉を交わすのもそう長いあいだつづきはしませんでした。

すっかり仲よしになったふたりはもういちど会う約束をしました次の日はもっと楽しかったのでまた会わずにはいられなくなりましたそうして過ごしているうちにふたりはいつしか死ぬまでいっしょにいたいと思うようになりました。

やがて娘は銀の指輪がじゃまになり家に置いていくようになりましたするとほどなくくちばしの長い大きな鳥が飛んできて爪のさきほどの金の卵を娘の前掛けのポケットに入れていきましたそれはふたりの愛のあかしでした。

さてそれからしばらくたったある日のこと粗末な服を着た修道士たちの一行が若者の住むへとやってきましたこの人たちはお日さまの下で暮らす誰より神さまを愛していて教会の敵を滅ぼすために国じゅうを旅してまわっているのでしたそしてもし罪びとを見つけたときは教皇さまにかわって裁きをくだすことがゆるされていましたそういうわけでこのでもさっそく黒い羊さがしがはじめられました。

やがてどこかのおしゃべりがこの忠実なる神さまのしもべたちにはずれの一軒家で暮らす老婆のことを教えてしまいました修道士たちはすぐさまお役人や騎士の一団を引き連れて魔女の家へとかけつけましたそしてひとり留守番をしていた娘を見つけるや捕らえて縄で縛りあげいやおうなしに領主さまのお城へと連れていきましたいまではそこが信仰を守るための聖なる砦となっていたのです。

お城の地下には牢獄があってすでにおおぜいの人びとがとじこめられていました娘もそこへつながれて石の床の上で寝起きしなければなりませんでしたそうしていく日か過ごしているとやがて牢番がやってきて娘を窓のない部屋へ連れていきましたそこでは修道士たちが待っていてさまざまなことをたずねてきましたがその追及はひどくきびしいものでしたこの人たちは神さまに背くふとどきものを心の底から憎んでいたのです取りしらべはそれからもつづけられますますはげしくなっていったので娘はほどなくすっかりやつれてしまいましたそれでもあの鳥がくれた金の卵は日に日に大きくなっていくのでした。

ところがあるとき娘はあんまり乱暴にあつかわれたせいであやうく大切な卵を割ってしまうところでしたそこでこのまま卵を持っているのがこわくなり心配のあまりひと晩じゅう眠ることができませんでしたやがて朝が来ると娘はまだ誰も目をさまさないうちに鉄格子のはまった天窓の下へ行って、

    くちばしの長い大きな鳥さん、

    もういちどだけわたしのもとへ、

    あなたの運んだこのしあわせが、

    こわれることを望まぬのなら。

と呼びかけましたするとあのときの大きな鳥が飛んできてどうしたのかとたずねました娘は卵をさしだしてしばらくのあいだこの卵をあずかっていてほしいのと言いました。ほんとうは自分で持っていたいけどわたしにはこれを守るちからがないのこのままだと卵が割れてしまうのよ」。

そうしてあげたいんだけどと鳥は答えました。ぼくにはできないんだでも誰かあずかってくれる人の心あたりがあったらそこへ運んでいくことはできるよ君にお姉さんか妹はいる? そうでなければ仲のいい女友だちでもいいからね」。

そんな人いないわわたしはひとりっ子だし友だちなんていないもの」。

それじゃあ残念だけど助けにはなれないよ」。

待って鳥さんわたしの家の近くの若い木こりが住んでいるのあの人なら友だちも多いしきっと誰か見つけてくれるわどうかお願いだからそこへ持っていってみて」。

そこでこの大きな鳥は金の卵を受けとると木こりのところへ飛んでいきました話を聞いた若者は鳥を連れてじゅうの娘をたずねてまわりましたが頼みを聞いてくれるものはどこにもいませんでした見ず知らずの娘のために大切な卵を守ってやろうだなんて誰ひとりとして思わなかったのですやがて夕方になると大きな鳥はぼくはもう行かないとと言いました。この卵はもとの持ちぬしに返すしかないよ」。

けれども木こりの若者は待ってくれもうこれいじょうあの子につらい思いはさせられないあずかってくれる人はかならずさがしだすからそれまでは私がその卵を守るよと言いましたそして金の卵を渡してくれるまでけしてこの鳥のことを行かせようとはしませんでしたそこでとうとう大きな鳥もこの若者に卵を託すよりほかありませんでしたそれからというもの若者は毎日あちこちのをたずねて歩きましたがいつまでたっても助けてくれる人は見つかりませんでした。

ところで娘の母親はといえばそれからしばらくしてようやく地獄から戻ってきましたけれども家のどこをさがしても娘の姿はなくただ銀の指輪が残されているばかりでしたちょうどそこへあのくちばしの長い鳥が飛んできて家の前をとおりかかったので母親は大きな声で呼びとめると娘を見なかったかとたずねましたすると鳥は舞いおりてきて娘がお城地下牢にいることや金の卵を木こりに託したことをすっかり話して聞かせました。

わけを知った母親はあわててお城へと飛んでいきましたが娘はつらい毎日に耐えきれずすでに死んでしまったあとでしたそこでこの年老いた魔女は怒り狂い台所へしのびこんで料理にを混ぜたのでお城にいた人はみんな死んでしまいましたそれがすむと魔女は娘の恋人のいどころをさがしはじめましたこうなったからにはせめて娘の遺した卵だけでも手に入れようと考えたのです。

ところがそのころあの木こりの若者もまたお城の地下に捕らわれていたのでしたそれというのも魔女の娘と親しくしていたことを誰かに告げ口されてしまったからですここでは自分のをつぐなうためにほかの罪びとたちの名をあかさなければならないのでしたけれども若者にはそんな心あたりがひとつもなかったので誰の名まえもあげることができませんでしたすると修道士たちはこの人をの下にあるまっ暗な小部屋にとじこめて食事も取らせてやりませんでした。

やがて魔女は若者のゆくえをつきとめお城の地下へとやってきましたの床にある戸をあけてみると若者はひとりそのなかでからっぽのおなかをかかえて倒れていましたそこで魔女あたしの娘から卵をあずかっているのはおまえだねこのまま飢え死にしたくなかったらおとなしくそれを渡すんだよと言いました。どっちみちあんなものはおまえが持ってたところでなんにもなりゃしないんだからね」。

ああどうかここから出してくださいと若者は言いました。できることならなんでもしますでも残念ながらあの卵はもうないんです」。

なんだって? いったいどこへやったんだい」。

すると若者はおなかをおさえてここですと答えました。このお城へ来てすぐに服をみんな脱ぐようにと言われたんです卵をポケットへ入れたままにはできないので私はこっそり口のなかに隠しましたでもそのあと針でからだじゅうを刺されたときにあんまり痛くておもわず飲みこんでしまったんです」。

まったくなんてことをしてくれたんだろうね!魔女はあきれて叫びました。おまえにはそれがどういうことだかわかってるのかい? その卵は赤ん坊のもとなんだよこのままだとおまえ腹がふくれて死ぬしかないね」。

それを聞いて若者はひどくおそろしくなりましたそこで魔女の足もとにすがりつくとお願いだから助けてくださいそんな死にかたはしたくありませんと訴えましたすると魔女は、

もう手おくれだよいまさら卵を取りだすなんてできやしないんだからねでももしおまえに子どもを産む覚悟があるんならあたしが手をかしてちゃんと取りあげてやろうその赤ん坊はあたしにとってものつながった孫なんだからねと言いましたそして若者がなんでも言われたとおりにすると約束したのでから出して家へ連れて帰りました。

魔女のもとで暮らすうちに若者のおなかはしだいに大きくなっていきましたやがて月が満ちると年老いた魔女は若者を眠らせはさみでおなかを切りひらいて赤ん坊を取りあげましたけれどもこの魔女留守のあいだに娘をたぶらかした若者のことをほんとうはずっと憎んでいたのでしたそこで針と糸で傷口を縫いあわせる前になかに大きな石をつめておいたのですまもなく目をさました若者はひどくのどがかわいていたので井戸へ行って水を飲まずにはいられませんでしたところがベッドからおりてみるとおなかに入っている石のせいでからだがあっちへ行ったりこっちへ行ったりしましたそんなわけで若者はおなかが重いごつごつ固いこれはいったいなんだろう赤ん坊だと思っていたのにまるで石でも入ってるようだと言いながら裏庭にある井戸のそばまでやってきましたそして桶を取ろうと身をのりだしたとたん石の重みに引っぱられて井戸のなかへ落ちましたそれから若者はいやというほど水を飲みそのまま溺れてしまいました。

ところで生まれてきた赤ん坊は双子でしたけれどもこの子どもたちはどちらもふつうの赤ん坊とはちがって男の子とも女の子ともつかない姿をしていましたいままでたくさんのものを見てきたおばあさんでさえこんな子どもを目にするのははじめてでしたがそれでもまあいいだろうあたしのを引いているんだちゃんと魔法が使えるようになるさと言うとふたりを育ててやることにきめましたそして知りあいの魔女名親を頼みひとりはキャリスもうひとりはアサメイという名まえをつけてもらいました。

双子はやがてきらめく金の髪を持つ誰より美しい子どもになりましたふたりはたいそう仲よしでどんなときもけして離れようとはしませんでしたおたがいの思いはいつも同じだったのでひとりが笑えばもうひとりも笑いひとりが泣けばもうひとりも泣きましたそのうえこの子たちはとてもそっくりだったので向きあえばまるで鏡を見ているようでしたキャリスいつまでもいっしょだよと言うとアサメイ生きてるかぎりずっとねと答えましたそしていくつになってもの男の子たちとも女の子たちとも友だちにならずあいかわらずふたりきりで過ごしていましたひと気のない暗い森この子たちの遊び場でした。

さてふたりが年ごろになるとさっそく魔術の手ほどきがはじめられましたところがこの子どもたちはどれほどくり返し教えてみてもたったひと株の苗を霜から守ることさえできるようになりませんでしたやがておばあさんは双子のからだに流れる魔女の血ひどく薄くなっていることに気がつきました。なんてことだろうこれはきっと男の腹で育ったせいに違いないとおばあさんは考えました。それでがけがれてちからが弱くなってしまったんだ」そこでおばあさんはふたりのなかに残る魔女の血ひとつにあつめて濃くすることにきめましたもともと跡継ぎはひとりいればじゅうぶんだったのですから。

そういうわけでこの魔女は夕食のときお皿のひとつにを入れておきましたそれを口にしたキャリス次の朝になるとひどい熱を出してベッドから起きることもできなくなりましたそこで魔女アサメイにこう言いました。これはたいへんだいそいで薬をやらないとおまえの双子は助からないよだけど悪いことに必要な薬草をちょうど切らしていてねあたしはこの子から目を離せないからおまえが森で採ってきなさい場所はあたしの使い魔が知ってるからいっしょに連れていくんだよ」それを聞いたアサメイすぐに使い魔のコウモリと森へ出かけていきましたけれどもほんとうは消しの薬草ならちゃんと家にあったのですそしてこの悪魔森のなかでアサメイを殺してその心臓と肝臓を持ち帰ることになっていたのでした。

やがてアサメイとコウモリは森のいちばん深いところまでやってきましたところがけんめいに薬草をさがすアサメイを見ているうちに使い魔はだんだん気のになってついほんとうのことをしゃべってしまいましたするとアサメイは泣きだしてコウモリさんお願いだから殺さないでアサメイが死んでしまったらキャリスだって生きてはいられないからと言うのでしたその姿があんまり美しかったので使い魔はひどくかわいそうに思いこのまま見のがしてやることにしましたそしてアサメイを行かせると森の泉へ遊びに来ていたの子を殺してその心臓と肝臓をかわりに持って帰りましたばちあたりな魔女それがアサメイのものだとすっかり信じて塩ゆでにするとみんなキャリスに食べさせてしまいました。

次の朝になるとあんなに高かった熱がうそのようにさがりキャリスはすっかりもとどおりになっていました目をさましたキャリスアサメイの姿が見えないのでおばあさんのところへ行ってわけをたずねましたそこで魔女あの子はねおまえのために森へ薬草をつみに行ってに食べられてしまったんだよだからおまえはあの子のぶんまでしっかり生きてりっぱな魔女にならないといけないよと答えましたそしてしばらく泣けばキャリスの気も晴れて双子のことは忘れてしまうだろうと思っていました。

ところがそれからというものキャリスはすっかり元気をなくし食事もろくにのどをとおらなくなりましたそしてどんどんやせ細りとうとうほんものの病気になってしまいましたおばあさんは知っているかぎりの治療をためしてみましたがなにひとつ効きめがなく容態は日に日に悪くなるばかりでしたやがて手のつきたおばあさんはほかの魔女から知恵を借りるよりほかなくなりましたそこで使い魔のコウモリにあとをまかせるとホウキにのって出かけていきました。

その日もキャリスベッドのなかでしくしく泣いているばかりでしたそしてコウモリがようすを見に行ってもコウモリさんお願いだからかまわないでアサメイが死んでしまったらキャリスだって生きてはいられないからと言うのでしたその姿があんまり美しかったので使い魔はひどくかわいそうに思いついほんとうのことを教えてしまいましたするとキャリスは泣きやんでベッドの上で起きあがりましたそしておばあさんが名づけ親魔女を連れて戻ったときにはキャリスの病気はすっかりよくなっていました。

そういうわけでまた魔術の練習がはじめられましたキャリスはあいかわらずちっとも魔法が使えるようになりませんでしたがおばあさんにはもうしんぼうづよく教えつづけるよりほかありませんでした勉強の時間がおわるとキャリスはすぐに家を飛びだして森の泉へとかけていきましたそして水面にうつる自分の顔を見ては仲よしの双子の名まえを呼び日が落ちるまでずっとおしゃべりをして過ごすのでした。

そうして暮らすうちに一年がたちましたあるときキャリスおばあさんに言いつけられてひとりで納屋の掃除をしていましたすると棚の奥から古びた角笛が出てきたのですがそれには吹き口がついていなかったのでどうやっても鳴らすことができませんでしたがっかりしたキャリスやがて仕事がおわるといつものようにアサメイに会いに行ってそのことを話して聞かせましたそうしてふと見ると雪のように白い一本の水のなかから浮かびあがってくるところでしたそれは角笛の吹き口にちょうどよさそうだったのでキャリスはきっとアサメイが贈ってくれたのだと思い拾いあげると大切に持って帰りました。

ところがそのをけずって新しい吹き口をつくりためしに吹いてみると角笛はひとりでに歌いはじめ、

    魔女の血を引く双子のかたわれさん、

     君が吹いているのはぼくのだよ。

    魔女使い魔がぼくを殺して、

     君たちの泉に捨てたのさ。

    魔女の言いつけにこっそり背いて、

     君の双子を逃がした身がわりに。

とくり返すのでしたちょうどそこへ双子のおばあさんが帰ってきての歌声を聞きました魔女にはその意味がよくわかったのですぐに使い魔のところへ飛んでいきましたそしてよくもだましてくれたね!と叫ぶとコウモリを捕まえてばらばらに引き裂き家畜小屋のなかへ投げこんでしまいましたところでそのなかではちょうどたくさんの豚たちがえさをあさっているところでした豚はこのコウモリも食べてしまったので悪魔の魂はそのなかに入りましたすると豚の群れはみんな戸をやぶってそとへ飛びだし近くの川へなだれこんで死んでしまいました。

さてそれから年老いた魔女キャリスをむりやりホウキにのせると森の奥にある高い塔へと連れていきましたそのには出入り口も階段もなくいちばん上に小さな窓があるだけでした魔女はそのなかにキャリスをとじこめるといいかいここでおとなしくしてるんだよあたしがしてるのはみんなおまえのためになることなんだからねと言いましたそして用心のために銀の指輪をキャリスの指にはめておきましたそこには古いルーネ文字で、

    われをその身に帯びしは

     なにびとにも触れられざるものなり

    このものに害をなさんと欲するは

     その害をおのが身へと受けるものなり

と刻まれているのでしたそれがすむと魔女キャリスがなにを言っても聞かずアサメイをさがしに飛びたっていってしまいました。

ひとり残されたキャリス双子の身が心配でなりませんでしたが自分ではを出ることさえできませんでしたそこでいったいどうしたらいいの? アサメイを助けるためだったらキャリスはなんだってするのにと嘆きながらただぽろぽろと涙をこぼしているよりほかありませんでした。

するとそこへ花嫁さがしの旅に出ていた巨人の国王子さまがとおりかかりましたキャリスの声を耳にした王子さまの近くへやってくると身をかがめて窓をのぞきこみましたそして泣いているキャリスを見たとたんその姿があんまり美しかったのでひと目で気に入ってしまいました王子さまキャリスをやさしくなぐさめどうして泣いているのかとたずねました。

そこでキャリスけんめいにわけを話すとお願いです巨人さんアサメイを救ってくれるならキャリスはどんなお礼でもしますと言いましたすると王子さまは、

もし君が女になることを選んで私と結婚してくれるなら君の双子を助けてあげようと答えましたそれを聞いたキャリスは、

わかりましたと答え銀の指輪をはずして言いました。それではこれを誓いのあかしとしてさしあげます約束を守ってくれたならキャリスはあなたのものになります」。

指輪を受けとった王子さますぐに魔女を追って走りだしましたそしてひと足ごとに七里を進みあっというまに追いつくとまるで飛んでいるハエでも殺すみたいに叩きつぶしてしまいましたそれから王子さまいいなづけのもとへ戻ってくるともう君の双子はだいじょうぶだよと言いましたそしてキャリスから出して肩にのせると南の果てにある故郷へと連れて帰りました。

やがて巨人たちの王国に到着すると王子さまキャリスかまどのなかに入れひと晩そこで眠らせましたすると目がさめたときにはキャリスはすっかり女になっていましたけれどもこの美しい花嫁たとえあんな魔女でもキャリスアサメイにとってはたったひとりのおばあさんだったんです喪があけるまではあなたと結婚するわけにはいきませんと言いましたそこで花婿もしかたなく一年のあいだ結婚式を待つよりほかありませんでしたキャリスは黒い服に着がえると部屋にこもって誰とも会おうとしませんでしたいっぽう王子さまは細工師を呼んでキャリスがくれた銀の指輪を自分の剣のつかに埋めこませましたこの指輪は花婿には小さすぎて指にはめることができなかったのです。

さてそのころアサメイはといえば森を抜けたずっとさきにある北の果ての国へとやってきていましたそこは戦乙女お姫さまが治める王国女でなければ住むことをゆるされていませんでしたお城のまわりにはまっ白な城壁がありましたがそばへ近づいてみるとそれはすっかりでできていましたこの国に足を踏みいれた男たちはみんな殺されることになっていたのですそしてこの国に足を踏みいれた女たちはみんなお姫さまに仕える兵士にならなければなりませんでした。

やがてアサメイ王国を守る娘兵士たちに捕らえられてしまいましたところが娘たちはこの旅人が男とも女ともつかなかったのでどうしたらよいのかわかりませんでしたそこでアサメイお姫さまの前に引きだされその判断にゆだねられることになりました。

アサメイを目にした戦乙女お姫さま考えたすえに言いました。おまえは男ではないからおきてによって殺すことはしないが女でもないのでわが軍の兵士として迎えるわけにもいかないそこでどうだろうわたしのそばに仕え身のまわりの世話をするつもりはないか?」

けれどもアサメイお願いですお姫さまどうかこのまま行かせてくださいと答えましたそしてわけを話すとキャリスはひとりっきりであのおそろしい魔女のもとに残されているんです早く助ける方法を見つけて迎えに行かなければなりませんと言いました。

それを聞いたお姫さま残念だがひとたびこの国に足を踏みいれたからには誰も生きたまま帰してやることはできないわたしの申し出を受けないというのなら死ぬまでに入っていてもらうだけだと告げたのですがアサメイはどうしてもあきらめようとしませんでしたそこでこのお姫さまだんだんかわいそうになってきてならばそのかわりにわが騎士団を派遣しておまえの双子を連れてこさせようそれなら文句はあるまいなと言いましたそういうわけでアサメイよろこんでお姫さまづきの小間使いをすることになりました。

送りだされた騎士団それから一年近くたってようやく戻ってきましたがそこにキャリスの姿はありませんでしたさすがの勇敢な乙女騎士たちにも巨人たちの国から王子さま花嫁を連れだすことはできなかったのです報告を聞いたアサメイキャリスがまもなく結婚しなければならないと知ると心配でたまらなくなりましたそしていったいどうしたらいいの? キャリスを助けるためだったらアサメイはなんだってするのにと嘆きながらぽろぽろと涙をこぼすのでした。

すると戦乙女お姫さま泣いているアサメイがあんまり美しかったのでやさしくなぐさめてやらずにはいられませんでしたずっとそばへ置くうちにすっかりこの小間使いが気に入ってしまったのですそこでお姫さま巨人族王子となれば手ごわい相手だわたしがみずから出るよりほかにかなうものはいないだろうだがもしおまえが男になることを選んでわたしと結婚してくれるならおまえの双子を助けてあげようと言いましたそれを聞いたアサメイは、

わかりましたと答え束ねていた金の髪を切り落として言いました。それではこれを誓いのあかしとしてさしあげます約束を守ってくれたならアサメイはあなたのものになります」。

そういうわけでお姫さまアサメイかまどのなかに入れひと晩そこで眠らせましたすると目がさめたときにはアサメイはすっかり男になっていましたそれを見とどけた勇ましい花嫁戦じたくをととのえるとさっそうと出かけていきました。

戦乙女お姫さま六本足の馬を駆りあっというまに巨人たちの国へたどりつきましたところでその日は魔女が死んでからちょうど一年が過ぎた日でキャリス王子さまとの結婚式がおこなわれることになっていましたさてその王子さまはといえば結婚前の最後のひとときを仲間たちと狩りをして楽しんでいるところでしたそこでお姫さまひそかに一行のあとをつけ機会がおとずれるのを待つことにしました巨人たちはそれから森じゅうをかけまわりりっぱな獲物をたくさんしとめましたやがて満足した王子さま獲物を運んで料理しておくよう言いつけると仲間たちをさきに帰しましたそしてひとり湖へおりていくと鎧も服もすっかり脱ぎすててつめたい水で汗を流しはじめました。

ずっとようすをうかがっていたお姫さまそれを見て木かげから飛びだすとすばやく弓を引きしぼりました放たれた矢はねらいをあやまたず王子さまの心臓を背中からつらぬきましたところがこの巨人それでも倒れることなく振り返り敵を迎えうつべく岸辺の剣へと手をのばしたのですけれどもゆだんのないお姫さままだ気を抜いたりはしていませんでしたすでに抜き身の白刃を振りかざし相手のすぐ目の前へとつめよっていたのですそして王子さまの指が剣のつかに触れたときにはその首をめがけて鋭い一太刀をあびせていましたするとそのとたん剣に埋めこまれた指輪のちからが働いて反対にお姫さまの首が飛んでしまいました。

お姫さまが死ぬやいなやあっというまに戦乙女の国は消えうせてアサメイはただひとり見わたすかぎりの雪原に取り残されました自由になったアサメイ巨人たちの国をめざし南へ向かって歩きはじめましたやがておばあさんの家のそばまで来るとよく見なれたなつかしい人かげが向こうから近づいてくるのが目に入りましたそれというのも結局あれからすぐに王子さま矢傷がもとで死んでしまい巨人たちの国も消えていたのです。

ようやく再会できたキャリスアサメイおたがいにかけよるとしっかりと抱きあいなんどもキスを交わしましたキャリスもうけっして離さないよと言うとアサメイ死がふたりを別つまでねと答えましたそれからこの仲よしの双子ずっと誰とも結婚することなく深い森の奥にふたりきりでいつまでもしあわせに暮らしましたもし死んでいなければこの子たちはいまでもそこで生きています。


著者結社異譚語り
2008年11月29日ページ公開
2011年9月4日最終更新