◆ Märchen << HKM1 < 一括ファイル
いけにえの子が生き返ってから、千年を数えない時代のことです。ある森のそばに、石ほども年を取り、たいそう強いちからを持った魔女がいました。この魔女には若くてきれいな娘がひとりあって、悪い虫がつかないよう大切に育てられていました。やがて娘が年ごろになると、年老いた母親は魔術の手ほどきをはじめました。いずれはりっぱな魔女になって、自分を助けてくれたらと考えていたのです。
そんなある日のこと、母親は娘を呼んで言いました。「おまえもそろそろ、使い魔を持っていいころだ。あたしが地獄まで行って、いちばんいい悪魔を見つけてきてやろう。しばらく留守にするけど、なまけて暮らしてるんじゃないよ。教えてやった呪文をじょうずに唱えられるよう、毎日練習していなさい。それから男どもには気をつけて、家から出ないようにするんだよ」。
すると娘は「わかったわ、お母さん」とすなおに答えました。「ちゃんとそのとおりにしてるから、心配しないで行ってきて」。
それを聞いた母親は、銀の指輪を取りだして、娘の指にはめました。そこには古いルーネ文字で、
われをその身に帯びしは
なにびとにも触れられざるものなり
このものに害をなさんと欲するは
その害をおのが身へと受けるものなり
と刻まれているのでした。「いいかい、この指輪をけっしてはずすんじゃないよ」と母親は念をおしました。「これさえ身につけていればおまえは安全だし、もし悪いやつがあらわれても、逆にそいつをこらしめてくれるからね」。
すると娘は「わかったわ、お母さん」とすなおに答えました。「ぜったいにはずしたりしないから、心配しないで行ってきて」。
そこで母親はすっかり安心して、ホウキにまたがり飛びたっていきました。ところが、その姿が見えなくなったとたん、娘は言いつけられたことをきれいに忘れてしまいました。それというのも、この娘はほんとうは魔女になんてなりたくなくて、ふつうの村娘たちと同じように、しあわせなお嫁さんになるのが夢だったのです。
そういうわけで、娘はさっさと家をあとにすると、森へと遊びに出かけていきました。近くの村に住む木こりの若者が、そこで仕事をしているはずでした。娘はひそかにこの若者に心をよせていて、斧をかついで森へ向かう姿を、いつも窓から見つめていたのです。風にのってひびいてくる、斧が木を打つ澄んだ音が、娘を若者のもとへと導きました。
いっぽうこの木こりの若者のほうでも、いつも窓辺に見える美しい娘のことが、以前から気になっていたのでした。そこで、木かげに隠れている娘の姿に気がつくと、仕事の手をとめて声をかけずにはいられませんでした。もっとも、そうして木々をはさんでおずおずと言葉を交わすのも、そう長いあいだつづきはしませんでした。
すっかり仲よしになったふたりは、もういちど会う約束をしました。次の日はもっと楽しかったので、また会わずにはいられなくなりました。そうして過ごしているうちに、ふたりはいつしか、死ぬまでいっしょにいたいと思うようになりました。
やがて娘は、銀の指輪がじゃまになり、家に置いていくようになりました。するとほどなく、くちばしの長い大きな鳥が飛んできて、爪のさきほどの金の卵を、娘の前掛けのポケットに入れていきました。それはふたりの愛のあかしでした。
さて、それからしばらくたったある日のこと、粗末な服を着た修道士たちの一行が、若者の住む村へとやってきました。この人たちはお日さまの下で暮らす誰より神さまを愛していて、教会の敵を滅ぼすために、国じゅうを旅してまわっているのでした。そしてもし罪びとを見つけたときは、教皇さまにかわって裁きをくだすことがゆるされていました。そういうわけで、この村でもさっそく、黒い羊さがしがはじめられました。
やがてどこかのおしゃべりが、この忠実なる神さまのしもべたちに、村はずれの一軒家で暮らす老婆のことを教えてしまいました。修道士たちはすぐさま、お役人や騎士の一団を引き連れて、魔女の家へとかけつけました。そして、ひとり留守番をしていた娘を見つけるや、捕らえて縄で縛りあげ、いやおうなしに領主さまのお城へと連れていきました。いまではそこが、信仰を守るための聖なる砦となっていたのです。
お城の地下には牢獄があって、すでにおおぜいの人びとがとじこめられていました。娘もそこへつながれて、石の床の上で寝起きしなければなりませんでした。そうしていく日か過ごしていると、やがて牢番がやってきて、娘を窓のない部屋へ連れていきました。そこでは修道士たちが待っていて、さまざまなことをたずねてきましたが、その追及はひどくきびしいものでした。この人たちは、神さまに背くふとどきものを、心の底から憎んでいたのです。取りしらべはそれからもつづけられ、ますますはげしくなっていったので、娘はほどなくすっかりやつれてしまいました。それでも、あの鳥がくれた金の卵は、日に日に大きくなっていくのでした。
ところがあるとき、娘はあんまり乱暴にあつかわれたせいで、あやうく大切な卵を割ってしまうところでした。そこで、このまま卵を持っているのがこわくなり、心配のあまりひと晩じゅう眠ることができませんでした。やがて朝が来ると、娘はまだ誰も目をさまさないうちに、鉄格子のはまった天窓の下へ行って、
くちばしの長い大きな鳥さん、
もういちどだけわたしのもとへ、
あなたの運んだこのしあわせが、
こわれることを望まぬのなら。
と呼びかけました。すると、あのときの大きな鳥が飛んできて、どうしたのかとたずねました。娘は卵をさしだして「しばらくのあいだ、この卵をあずかっていてほしいの」と言いました。「ほんとうは自分で持っていたいけど、わたしにはこれを守るちからがないの。このままだと、卵が割れてしまうのよ」。
「そうしてあげたいんだけど」と鳥は答えました。「ぼくにはできないんだ。でも、誰かあずかってくれる人の心あたりがあったら、そこへ運んでいくことはできるよ。君にお姉さんか妹はいる? そうでなければ、仲のいい女友だちでもいいからね」。
「そんな人いないわ。わたしはひとりっ子だし、友だちなんていないもの」。
「それじゃあ、残念だけど助けにはなれないよ」。
「待って、鳥さん。わたしの家の近くの村に、若い木こりが住んでいるの。あの人なら友だちも多いし、きっと誰か見つけてくれるわ。どうかお願いだから、そこへ持っていってみて」。
そこでこの大きな鳥は、金の卵を受けとると、木こりのところへ飛んでいきました。話を聞いた若者は、鳥を連れて村じゅうの娘をたずねてまわりましたが、頼みを聞いてくれるものはどこにもいませんでした。見ず知らずの娘のために、大切な卵を守ってやろうだなんて、誰ひとりとして思わなかったのです。やがて夕方になると、大きな鳥は「ぼくはもう行かないと」と言いました。「この卵は、もとの持ちぬしに返すしかないよ」。
けれども木こりの若者は「待ってくれ。もうこれいじょう、あの子につらい思いはさせられない。あずかってくれる人はかならずさがしだすから、それまでは私がその卵を守るよ」と言いました。そして金の卵を渡してくれるまで、けしてこの鳥のことを行かせようとはしませんでした。そこでとうとう大きな鳥も、この若者に卵を託すよりほかありませんでした。それからというもの、若者は毎日あちこちの村をたずねて歩きましたが、いつまでたっても助けてくれる人は見つかりませんでした。
ところで娘の母親はといえば、それからしばらくして、ようやく地獄から戻ってきました。けれども、家のどこをさがしても娘の姿はなく、ただ銀の指輪が残されているばかりでした。ちょうどそこへ、あのくちばしの長い鳥が飛んできて、家の前をとおりかかったので、母親は大きな声で呼びとめると、娘を見なかったかとたずねました。すると鳥は舞いおりてきて、娘がお城の地下牢にいることや、金の卵を木こりに託したことを、すっかり話して聞かせました。
わけを知った母親は、あわててお城へと飛んでいきましたが、娘はつらい毎日に耐えきれず、すでに死んでしまったあとでした。そこでこの年老いた魔女は怒り狂い、台所へしのびこんで料理に毒を混ぜたので、お城にいた人はみんな死んでしまいました。それがすむと、魔女は娘の恋人のいどころをさがしはじめました。こうなったからには、せめて娘の遺した卵だけでも手に入れようと考えたのです。
ところがそのころ、あの木こりの若者もまた、お城の地下に捕らわれていたのでした。それというのも、魔女の娘と親しくしていたことを、誰かに告げ口されてしまったからです。ここでは自分の罪をつぐなうために、ほかの罪びとたちの名をあかさなければならないのでした。けれども、若者にはそんな心あたりがひとつもなかったので、誰の名まえもあげることができませんでした。すると修道士たちは、この人を牢の下にあるまっ暗な小部屋にとじこめて、食事も取らせてやりませんでした。
やがて、魔女は若者のゆくえをつきとめ、お城の地下へとやってきました。牢の床にある戸をあけてみると、若者はひとりそのなかで、からっぽのおなかをかかえて倒れていました。そこで魔女は「あたしの娘から卵をあずかっているのはおまえだね。このまま飢え死にしたくなかったら、おとなしくそれを渡すんだよ」と言いました。「どっちみち、あんなものはおまえが持ってたところで、なんにもなりゃしないんだからね」。
「ああ、どうかここから出してください」と若者は言いました。「できることならなんでもします。でも、残念ながらあの卵はもうないんです」。
「なんだって? いったいどこへやったんだい」。
すると若者は、おなかをおさえて「ここです」と答えました。「このお城へ来てすぐに、服をみんな脱ぐようにと言われたんです。卵をポケットへ入れたままにはできないので、私はこっそり口のなかに隠しました。でも、そのあと針でからだじゅうを刺されたときに、あんまり痛くておもわず飲みこんでしまったんです」。
「まったく、なんてことをしてくれたんだろうね!」と魔女はあきれて叫びました。「おまえには、それがどういうことだかわかってるのかい? その卵は赤ん坊のもとなんだよ。このままだとおまえ、腹がふくれて死ぬしかないね」。
それを聞いて、若者はひどくおそろしくなりました。そこで、魔女の足もとにすがりつくと「お願いだから助けてください、そんな死にかたはしたくありません」と訴えました。すると魔女は、
「もう手おくれだよ。いまさら卵を取りだすなんて、できやしないんだからね。でも、もしおまえに子どもを産む覚悟があるんなら、あたしが手をかしてちゃんと取りあげてやろう。その赤ん坊は、あたしにとっても血のつながった孫なんだからね」と言いました。そして、若者がなんでも言われたとおりにすると約束したので、牢から出して家へ連れて帰りました。
魔女のもとで暮らすうちに、若者のおなかはしだいに大きくなっていきました。やがて月が満ちると、年老いた魔女は若者を眠らせ、はさみでおなかを切りひらいて赤ん坊を取りあげました。けれどもこの魔女は、留守のあいだに娘をたぶらかした若者のことを、ほんとうはずっと憎んでいたのでした。そこで、針と糸で傷口を縫いあわせる前に、なかに大きな石をつめておいたのです。まもなく目をさました若者は、ひどくのどがかわいていたので、井戸へ行って水を飲まずにはいられませんでした。ところがベッドからおりてみると、おなかに入っている石のせいで、からだがあっちへ行ったりこっちへ行ったりしました。そんなわけで若者は「おなかが重い、ごつごつ固い、これはいったいなんだろう。赤ん坊だと思っていたのに、まるで石でも入ってるようだ」と言いながら、裏庭にある井戸のそばまでやってきました。そして、桶を取ろうと身をのりだしたとたん、石の重みに引っぱられて井戸のなかへ落ちました。それから若者はいやというほど水を飲み、そのまま溺れてしまいました。
ところで、生まれてきた赤ん坊は双子でした。けれどもこの子どもたちは、どちらもふつうの赤ん坊とはちがって、男の子とも女の子ともつかない姿をしていました。いままでたくさんのものを見てきたおばあさんでさえ、こんな子どもを目にするのははじめてでしたが、それでも「まあいいだろう。あたしの血を引いているんだ、ちゃんと魔法が使えるようになるさ」と言うと、ふたりを育ててやることにきめました。そして、知りあいの魔女に名親を頼み、ひとりはキャリス、もうひとりはアサメイという名まえをつけてもらいました。
双子はやがて、きらめく金の髪を持つ誰より美しい子どもになりました。ふたりはたいそう仲よしで、どんなときもけして離れようとはしませんでした。おたがいの思いはいつも同じだったので、ひとりが笑えばもうひとりも笑い、ひとりが泣けばもうひとりも泣きました。そのうえこの子たちはとてもそっくりだったので、向きあえばまるで鏡を見ているようでした。キャリスが「いつまでもいっしょだよ」と言うと、アサメイは「生きてるかぎりずっとね」と答えました。そしていくつになっても、村の男の子たちとも女の子たちとも友だちにならず、あいかわらずふたりきりで過ごしていました。ひと気のない暗い森が、この子たちの遊び場でした。
さて、ふたりが年ごろになると、さっそく魔術の手ほどきがはじめられました。ところがこの子どもたちは、どれほどくり返し教えてみても、たったひと株の苗を霜から守ることさえできるようになりませんでした。やがておばあさんは、双子のからだに流れる魔女の血が、ひどく薄くなっていることに気がつきました。「なんてことだろう。これはきっと、男の腹で育ったせいに違いない」とおばあさんは考えました。「それで血がけがれて、ちからが弱くなってしまったんだ」。そこでおばあさんは、ふたりのなかに残る魔女の血を、ひとつにあつめて濃くすることにきめました。もともと、跡継ぎはひとりいればじゅうぶんだったのですから。
そういうわけで、この魔女は夕食のとき、お皿のひとつに毒を入れておきました。それを口にしたキャリスは、次の朝になるとひどい熱を出して、ベッドから起きることもできなくなりました。そこで魔女は、アサメイにこう言いました。「これはたいへんだ。いそいで薬をやらないと、おまえの双子は助からないよ。だけど悪いことに、必要な薬草をちょうど切らしていてね。あたしはこの子から目を離せないから、おまえが森で採ってきなさい。場所はあたしの使い魔が知ってるから、いっしょに連れていくんだよ」。それを聞いたアサメイは、すぐに使い魔のコウモリと森へ出かけていきました。けれどもほんとうは、毒消しの薬草ならちゃんと家にあったのです。そしてこの悪魔が、森のなかでアサメイを殺して、その心臓と肝臓を持ち帰ることになっていたのでした。
やがてアサメイとコウモリは、森のいちばん深いところまでやってきました。ところが、けんめいに薬草をさがすアサメイを見ているうちに、使い魔はだんだん気の毒になって、ついほんとうのことをしゃべってしまいました。するとアサメイは泣きだして「コウモリさん、お願いだから殺さないで。アサメイが死んでしまったら、キャリスだって生きてはいられないから」と言うのでした。その姿があんまり美しかったので、使い魔はひどくかわいそうに思い、このまま見のがしてやることにしました。そしてアサメイを行かせると、森の泉へ遊びに来ていた村の子を殺して、その心臓と肝臓をかわりに持って帰りました。ばちあたりな魔女は、それがアサメイのものだとすっかり信じて、塩ゆでにするとみんなキャリスに食べさせてしまいました。
次の朝になると、あんなに高かった熱がうそのようにさがり、キャリスはすっかりもとどおりになっていました。目をさましたキャリスは、アサメイの姿が見えないので、おばあさんのところへ行ってわけをたずねました。そこで魔女は「あの子はね、おまえのために森へ薬草をつみに行って、狼に食べられてしまったんだよ。だからおまえは、あの子のぶんまでしっかり生きて、りっぱな魔女にならないといけないよ」と答えました。そして、しばらく泣けばキャリスの気も晴れて、双子のことは忘れてしまうだろうと思っていました。
ところがそれからというもの、キャリスはすっかり元気をなくし、食事もろくにのどをとおらなくなりました。そしてどんどんやせ細り、とうとうほんものの病気になってしまいました。おばあさんは知っているかぎりの治療をためしてみましたが、なにひとつ効きめがなく、容態は日に日に悪くなるばかりでした。やがて手のつきたおばあさんは、ほかの魔女から知恵を借りるよりほかなくなりました。そこで、使い魔のコウモリにあとをまかせると、ホウキにのって出かけていきました。
その日もキャリスは、ベッドのなかでしくしく泣いているばかりでした。そしてコウモリがようすを見に行っても「コウモリさん、お願いだからかまわないで。アサメイが死んでしまったら、キャリスだって生きてはいられないから」と言うのでした。その姿があんまり美しかったので、使い魔はひどくかわいそうに思い、ついほんとうのことを教えてしまいました。するとキャリスは泣きやんで、ベッドの上で起きあがりました。そして、おばあさんが名づけ親の魔女を連れて戻ったときには、キャリスの病気はすっかりよくなっていました。
そういうわけで、また魔術の練習がはじめられました。キャリスはあいかわらず、ちっとも魔法が使えるようになりませんでしたが、おばあさんにはもう、しんぼうづよく教えつづけるよりほかありませんでした。勉強の時間がおわると、キャリスはすぐに家を飛びだして、森の泉へとかけていきました。そして水面にうつる自分の顔を見ては、仲よしの双子の名まえを呼び、日が落ちるまでずっとおしゃべりをして過ごすのでした。
そうして暮らすうちに一年がたちました。あるときキャリスは、おばあさんに言いつけられて、ひとりで納屋の掃除をしていました。すると、棚の奥から古びた角笛が出てきたのですが、それには吹き口がついていなかったので、どうやっても鳴らすことができませんでした。がっかりしたキャリスは、やがて仕事がおわると、いつものようにアサメイに会いに行って、そのことを話して聞かせました。そうしてふと見ると、雪のように白い一本の骨が、水のなかから浮かびあがってくるところでした。それは角笛の吹き口にちょうどよさそうだったので、キャリスはきっとアサメイが贈ってくれたのだと思い、拾いあげると大切に持って帰りました。
ところが、その骨をけずって新しい吹き口をつくり、ためしに吹いてみると、角笛はひとりでに歌いはじめ、
魔女の血を引く双子のかたわれさん、
君が吹いているのはぼくの骨だよ。
魔女の使い魔がぼくを殺して、
君たちの泉に捨てたのさ。
魔女の言いつけにこっそり背いて、
君の双子を逃がした身がわりに。
とくり返すのでした。ちょうどそこへ、双子のおばあさんが帰ってきて、骨の歌声を聞きました。魔女にはその意味がよくわかったので、すぐに使い魔のところへ飛んでいきました。そして「よくもだましてくれたね!」と叫ぶと、コウモリを捕まえてばらばらに引き裂き、家畜小屋のなかへ投げこんでしまいました。ところで、そのなかではちょうど、たくさんの豚たちがえさをあさっているところでした。豚はこのコウモリも食べてしまったので、悪魔の魂はそのなかに入りました。すると、豚の群れはみんな戸をやぶってそとへ飛びだし、近くの川へなだれこんで死んでしまいました。
さて、それから年老いた魔女は、キャリスをむりやりホウキにのせると、森の奥にある高い塔へと連れていきました。その塔には出入り口も階段もなく、いちばん上に小さな窓があるだけでした。魔女はそのなかにキャリスをとじこめると「いいかい、ここでおとなしくしてるんだよ。あたしがしてるのは、みんなおまえのためになることなんだからね」と言いました。そして用心のために、銀の指輪をキャリスの指にはめておきました。そこには古いルーネ文字で、
われをその身に帯びしは
なにびとにも触れられざるものなり
このものに害をなさんと欲するは
その害をおのが身へと受けるものなり
と刻まれているのでした。それがすむと、魔女はキャリスがなにを言っても聞かず、アサメイをさがしに飛びたっていってしまいました。
ひとり残されたキャリスは、双子の身が心配でなりませんでしたが、自分では塔を出ることさえできませんでした。そこで「いったいどうしたらいいの? アサメイを助けるためだったら、キャリスはなんだってするのに」と嘆きながら、ただぽろぽろと涙をこぼしているよりほかありませんでした。
するとそこへ、花嫁さがしの旅に出ていた、巨人の国の王子さまがとおりかかりました。キャリスの声を耳にした王子さまは、塔の近くへやってくると、身をかがめて窓をのぞきこみました。そして泣いているキャリスを見たとたん、その姿があんまり美しかったので、ひと目で気に入ってしまいました。王子さまはキャリスをやさしくなぐさめ、どうして泣いているのかとたずねました。
そこでキャリスは、けんめいにわけを話すと「お願いです巨人さん、アサメイを救ってくれるなら、キャリスはどんなお礼でもします」と言いました。すると王子さまは、
「もし君が女になることを選んで、私と結婚してくれるなら、君の双子を助けてあげよう」と答えました。それを聞いたキャリスは、
「わかりました」と答え、銀の指輪をはずして言いました。「それではこれを、誓いのあかしとしてさしあげます。約束を守ってくれたなら、キャリスはあなたのものになります」。
指輪を受けとった王子さまは、すぐに魔女を追って走りだしました。そしてひと足ごとに七里を進み、あっというまに追いつくと、まるで飛んでいるハエでも殺すみたいに叩きつぶしてしまいました。それから王子さまは、いいなづけのもとへ戻ってくると「もう君の双子はだいじょうぶだよ」と言いました。そして、キャリスを塔から出して肩にのせると、南の果てにある故郷へと連れて帰りました。
やがて巨人たちの王国に到着すると、王子さまはキャリスをかまどのなかに入れ、ひと晩そこで眠らせました。すると目がさめたときには、キャリスはすっかり女になっていました。けれどもこの美しい花嫁は「たとえあんな魔女でも、キャリスとアサメイにとってはたったひとりのおばあさんだったんです。喪があけるまでは、あなたと結婚するわけにはいきません」と言いました。そこで花婿もしかたなく、一年のあいだ結婚式を待つよりほかありませんでした。キャリスは黒い服に着がえると、部屋にこもって誰とも会おうとしませんでした。いっぽう王子さまは細工師を呼んで、キャリスがくれた銀の指輪を、自分の剣のつかに埋めこませました。この指輪は花婿には小さすぎて、指にはめることができなかったのです。
さて、そのころアサメイはといえば、森を抜けたずっとさきにある、北の果ての国へとやってきていました。そこは戦乙女のお姫さまが治める王国で、女でなければ住むことをゆるされていませんでした。お城のまわりにはまっ白な城壁がありましたが、そばへ近づいてみると、それはすっかり骨でできていました。この国に足を踏みいれた男たちは、みんな殺されることになっていたのです。そして、この国に足を踏みいれた女たちは、みんなお姫さまに仕える兵士にならなければなりませんでした。
やがてアサメイも、王国を守る娘兵士たちに捕らえられてしまいました。ところが娘たちは、この旅人が男とも女ともつかなかったので、どうしたらよいのかわかりませんでした。そこでアサメイは、お姫さまの前に引きだされ、その判断にゆだねられることになりました。
アサメイを目にした戦乙女のお姫さまは、考えたすえに言いました。「おまえは男ではないから、おきてによって殺すことはしないが、女でもないので、わが軍の兵士として迎えるわけにもいかない。そこでどうだろう、わたしのそばに仕え、身のまわりの世話をするつもりはないか?」
けれどもアサメイは「お願いですお姫さま、どうかこのまま行かせてください」と答えました。そしてわけを話すと「キャリスはひとりっきりで、あのおそろしい魔女のもとに残されているんです。早く助ける方法を見つけて、迎えに行かなければなりません」と言いました。
それを聞いたお姫さまは「残念だが、ひとたびこの国に足を踏みいれたからには、誰も生きたまま帰してやることはできない。わたしの申し出を受けないというのなら、死ぬまで牢に入っていてもらうだけだ」と告げたのですが、アサメイはどうしてもあきらめようとしませんでした。そこでこのお姫さまも、だんだんかわいそうになってきて「ならばそのかわりに、わが騎士団を派遣して、おまえの双子を連れてこさせよう。それなら文句はあるまいな」と言いました。そういうわけでアサメイも、よろこんでお姫さまづきの小間使いをすることになりました。
送りだされた騎士団は、それから一年近くたってようやく戻ってきましたが、そこにキャリスの姿はありませんでした。さすがの勇敢な乙女騎士たちにも、巨人たちの国から王子さまの花嫁を連れだすことはできなかったのです。報告を聞いたアサメイは、キャリスがまもなく結婚しなければならないと知ると、心配でたまらなくなりました。そして「いったいどうしたらいいの? キャリスを助けるためだったら、アサメイはなんだってするのに」と嘆きながら、ぽろぽろと涙をこぼすのでした。
すると戦乙女のお姫さまは、泣いているアサメイがあんまり美しかったので、やさしくなぐさめてやらずにはいられませんでした。ずっとそばへ置くうちに、すっかりこの小間使いが気に入ってしまったのです。そこでお姫さまは「巨人族の王子となれば手ごわい相手だ。わたしがみずから出るよりほかに、かなうものはいないだろう。だがもしおまえが男になることを選んで、わたしと結婚してくれるなら、おまえの双子を助けてあげよう」と言いました。それを聞いたアサメイは、
「わかりました」と答え、束ねていた金の髪を切り落として言いました。「それではこれを、誓いのあかしとしてさしあげます。約束を守ってくれたなら、アサメイはあなたのものになります」。
そういうわけでお姫さまは、アサメイをかまどのなかに入れ、ひと晩そこで眠らせました。すると目がさめたときには、アサメイはすっかり男になっていました。それを見とどけた勇ましい花嫁は、戦じたくをととのえると、さっそうと出かけていきました。
戦乙女のお姫さまは、六本足の馬を駆り、あっというまに巨人たちの国へたどりつきました。ところでその日は、魔女が死んでからちょうど一年が過ぎた日で、キャリスと王子さまとの結婚式がおこなわれることになっていました。さてその王子さまはといえば、結婚前の最後のひとときを、仲間たちと狩りをして楽しんでいるところでした。そこでお姫さまは、ひそかに一行のあとをつけ、機会がおとずれるのを待つことにしました。巨人たちはそれから森じゅうをかけまわり、りっぱな獲物をたくさんしとめました。やがて満足した王子さまは、獲物を運んで料理しておくよう言いつけると、仲間たちをさきに帰しました。そしてひとり湖へおりていくと、鎧も服もすっかり脱ぎすてて、つめたい水で汗を流しはじめました。
ずっとようすをうかがっていたお姫さまは、それを見て木かげから飛びだすと、すばやく弓を引きしぼりました。放たれた矢はねらいをあやまたず、王子さまの心臓を背中からつらぬきました。ところがこの巨人は、それでも倒れることなく振り返り、敵を迎えうつべく岸辺の剣へと手をのばしたのです。けれどもゆだんのないお姫さまは、まだ気を抜いたりはしていませんでした。すでに抜き身の白刃を振りかざし、相手のすぐ目の前へとつめよっていたのです。そして王子さまの指が剣のつかに触れたときには、その首をめがけて鋭い一太刀をあびせていました。するとそのとたん、剣に埋めこまれた指輪のちからが働いて、反対にお姫さまの首が飛んでしまいました。
お姫さまが死ぬやいなや、あっというまに戦乙女の国は消えうせて、アサメイはただひとり、見わたすかぎりの雪原に取り残されました。自由になったアサメイは、巨人たちの国をめざし、南へ向かって歩きはじめました。やがておばあさんの家のそばまで来ると、よく見なれたなつかしい人かげが、向こうから近づいてくるのが目に入りました。それというのも、結局あれからすぐに王子さまも、矢傷がもとで死んでしまい、巨人たちの国も消えていたのです。
ようやく再会できたキャリスとアサメイは、おたがいにかけよるとしっかりと抱きあい、なんどもキスを交わしました。キャリスが「もうけっして離さないよ」と言うと、アサメイは「死がふたりを別つまでね」と答えました。それからこの仲よしの双子は、ずっと誰とも結婚することなく、深い森の奥にふたりきりで、いつまでもしあわせに暮らしました。もし死んでいなければ、この子たちはいまでもそこで生きています。
著者:結社異譚語り | |||
2008年 | 11月 | 29日 | ページ公開 |
2011年 | 9月 | 4日 | 最終更新 |