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異譚メルヘン第二話カエルのおじさま


いけにえの子が生き返ってから千年を数えない時代のことですあるにたいそうけちんぼうな男がいて大きな家にひとりで暮らしていましたこの男はやがて若くてかわいらしい奥さんをもらったのですがその人の家はひどく貧しかったので嫁入りのときなにひとつ持ってこられるものがありませんでしたところがそんな花嫁に男があげたものといったらつぎはぎだらけの古びたぼろ着だけでしたそういうわけで奥さんはおしゃれを楽しむこともゆるされずいつもみすぼらしいかっこうをしているほかありませんでしたそればかりか男は奥さんに山ほど仕事を言いつけて朝から晩まで働かせましたそして少しでも休んでいるのを見つけるとひどくふきげんになるのでしたそこでこの奥さんはくる日もくる日もわき目もふらずまるで女中のように働きつづけなければなりませんでした。

さてそのうちこの夫婦にも子どもができやがて母親そっくりの愛らしい女の子が生まれてきましたけれどもその子がまだ小さいうちにかわいそうな奥さんはとうとう病気になってまもなく死んでしまいましたするとけちんぼうな父親はこんどは娘に母親のかわりをさせるようになりましたそれからというもの幼い娘にはつらい日々がはじまりました朝はお日さまよりさきに目をさまし水を汲みあげて運び火を起こし父親が起きてくるまでに食事のしたくをすませ家畜たちにえさをやって洗濯と掃除をするのですなにより家事仕事にはきりというものがなかったのでどれほどせっせとかたづけてもやることはほかにいくらでも待っているのでしたそういうわけでこの娘はほこりにまみれた汚いなりで一日じゅういそがしく働いていなければなりませんでした。

やがて娘も年ごろになりきれいな服がほしいと思うようになりましたところがいくら頼んでみても父親は首を横に振るばかりでした。そんなものおまえにはまだ必要ないというのですそしてふたこと目には大人になったらちゃんと買ってやるからいまはよけいなことを考えず言われたとおりにしていなさいとくり返すのでした。

そうして暮らしているうちに年にいちどの祭りの季節になりましたその日最後の取りいれをすませた人たちは夕方から広場にあつまって遅くまで収穫のおいわいをするのでしたに住む若者や娘たちはとりわけその夜を楽しみにしていてきれいに着飾って出かけていきましたみんなそこで新しい友だちを見つけようと思っていたのです。

もちろんあのほこりまみれの娘もそこへ行きたくてしかたありませんでしたけれどもけちんぼうな父親はいつものようにおまえにはまだ早いと言ってちっとも相手にしてくれませんでしたそこで娘はすっかり悲しくなって教会の裏にある母親のお墓をおとずれるとつめたい石の前に座りこんで泣きだしてしまいました。

するとどこからかどうしたんですお嬢さんその声を耳にしたら石だって君のことがかわいそうになりますよという声が聞こえてきました娘があたりを見まわすと年を取った大きなカエル近くの沼からイボだらけの顔をつきだしているのが目に入りました。

あら気もちの悪いカエルと娘は言いました。あたしが泣いていたのはこんどのお祭りに着ていくお洋服がなかったからよそれがどうかしたの?」

そんなことなら僕がどうにかしてあげましょうだからもう泣くのはおやめなさいカエルは言いました。でも君の願いをかなえてあげたらかわりになにをしてくれますか?」

あなたはなにをしてほしいの?」

そうですね君が僕のことを好いてくれて仲のいい友だちになり僕の家まで来ていっしょに遊び僕とふたりで食卓をかこんで僕のお皿から食べ僕の杯から飲み僕のベッドで寝てくれたならばいままで誰も見たことがないようなすてきなドレス帰りに持たせてあげましょう」。

いいわカエルさんと娘はすぐに答えました。それじゃあたしたち今日からお友だちねさああなたのおうちへ行きましょう」。

それを聞いたカエルはうれしそうに水からあがり近くの森へぴょこぴょこと跳ねていきましたやがて暗い森の奥まで来るとそこにはみすぼらしい一軒の小屋がありました娘はその小屋のなかで一日じゅうカエルの相手をしてやりましたそしてこの新しい友だちが望むのでイボだらけの醜い顔になんどもキスをしました。

やがて夕方になるとカエルは金でできた衣装箱を出してきてなかのドレスを娘にくれましたそれはほんとうにすばらしいものでしたたとえ伯爵家お嬢さまでもこんなに美しい服は持っていないことでしょう娘はおおよろこびでお礼を言うとドレスをかかえて小屋を出ましたするとカエルまたなにかほしいものができたらいつでもたずねていらっしゃいと言って帰っていく友だちを見送りました。

家へ戻った娘はもらったドレスをいそいで隠すと服を脱いでベッドのなかにもぐりこみましたちょうどそのとき父親が仕事から帰ってきて家の戸をあけましたそして言いつけておいたことがなにひとつかたづいていないのを目にすると娘のところへやってきてきびしい声でわけをたずねましたそこで娘はベッドから顔を出すとごめんなさいお父さまあたし今日はとてもぐあいが悪かったものだからいままでずっと寝ていたのいそいでお夕飯のしたくするからちょっとだけ待っていてねと言いましたその顔があんまり赤かったので父親はきっとひどい熱があるのだろうと思いこの日ばかりは怒らずにゆるしてくれました。

そうするうちにやがてお祭りの日がやってきました教会の鐘が日没の祈りの刻を告げるころ父親は娘を呼びつけて私の帽子としまってあるいい服を持ってきてそれから靴をみがいてくれないかそろそろお祭りに行く時間だからねと言いましたそして身じたくがととのうとおまえは留守番をしていなさいと言い残しひとりで出かけてしまいましたけれども娘はその姿が見えなくなるやいなやすぐにドレスの隠し場所へと飛んでいきましたうす汚れたぼろを脱いでそでをとおしてみるとそのドレスはまるで娘のためにあつらえたようにぴったりでとてもよく似合っていましたそこで娘はすっかりうれしくなっていそいそとお祭りへ出かけていきました。

娘が広場に顔を見せるとそこにあつまっていた人たちはみんなびっくりして道をあけました誰もそれがいつもみすぼらしいなりをしていた娘だとは気がつきませんでした父親ももちろんそこにいたのですがやっぱり自分の娘だと見わけることができずあれはどこのお嬢さまだろうと思っていましたドレスを身につけた娘はそれほどきれいだったのですそれにこの父親は自分の娘は家にいてほこりまみれで働いているものとばかり考えていました。

さて広場のまんなかではすでにとびきりのおめかしをした若者や娘たちがリュートの音にあわせてにぎやかに踊っているところでした踊りの輪に入ることができるのはまだ結婚していない人だけでしたそのなかにはこのあたりを治めている若い伯爵の姿もあって誰より軽やかにステップを踏んでいましたこの人は遅れて来た娘を目にするや輪を抜けて迎えにやってきて手を引いてみんなのところへ連れていきましたそしてもうほかの娘のことなんて見ようとしませんでした。

はじめてのお祭りの夜はとても楽しく時間は飛ぶように過ぎていきましたけれども娘はそうして踊っているあいだじゅうずっと耳を澄ませておくのを忘れませんでしたなぜなら向こうでお酒を飲んでいる大人たちは宵の祈りの刻になると家へ帰ってしまうからですそういうわけでやがて教会の鐘が鳴りひびくと娘はすぐに踊るのをやめてするりとみんなのなかから抜けだしました。

それを見た伯爵あとを追いかけて引きとめようとしましたこの美しい娘とまだまだいっしょに踊っていたかったのですところが娘は風のように走り去りあっというまに姿を消してしまいましたそしていくらさがしてもどこへ行ったのかさっぱりわかりませんでした伯爵はひどく残念に思ってもう広場へ戻る気にもならずそのままお城に帰ってしまいました。

娘が家へ戻ると父親もすぐに帰ってきましたところがこの人はいつもの汚い服で出迎えた娘を見ていままでずっと家にいたものとしか思いませんでしたそしていい服を脱いで娘にかたづけさせるとベッドに倒れこんでさっさと寝入ってしまいました。

ところでこのお祭りは三日のあいだつづくことになっていました次の朝になると娘は別のドレスがほしくなって家の仕事も手につかなくなりましたそこで娘は父親のところへ行くときのうはあたし寝る前のお祈りを忘れてしまったのいまから教会へ行って神父さまざんげしてきてもいい?とたずね出かけることをゆるしてもらいましたけれどもそれはうそでしたほんとうはお祈りを忘れたりなんてしていなかったし神父さまざんげを聞いてもらうつもりもなかったのです家をあとにした娘はまっすぐに教会の前をとおり過ぎるとそのまま森へ入っていきました小屋にいた醜いカエル仲よしの娘の声を耳にするやすぐに飛んできて戸をあけましたそこで娘はまたカエルの言うとおりになってよろこばせてやりました。

こんどもらったドレス前よりいっそうすばらしいものでしたたとえ公爵家お嬢さまでもこんなに美しい服は持っていないことでしょう娘はとてもよろこんでカエルに別れを告げるといそいでへ戻りましたそれからドレスを隠して家に入ると父親のしたくを手伝って送りだし自分も着がえてお祭りに出かけていきました。

娘がやってきたときには若い人たちはとっくにあつまって輪になって踊りはじめていましたけれどもあの若い伯爵みんなのなかには入らずにただ近くで立っているだけでしたきのうの美しい娘といっしょでなければちっとも踊る気になんてなれなかったのですそして娘の姿を見つけるとすぐにそばへやってきて手を取ってみんなのところへ連れていきました。

そうして楽しく踊っているとやがて教会の鐘が鳴りわたり宵の祈りの刻を告げました娘はちゃんと耳を澄ませていていそいで踊りの輪を離れにぎやかな広場をあとにしました伯爵はこんどこそ娘を引きとめようと思っていたのですがやっぱり追いつくことができませんでしたそしてまたすぐにその美しい後ろ姿を見うしなうと肩を落としてひとりお城へ戻るよりほかありませんでした。

家についた娘はすばやくもとのかっこうに戻ると美しいドレスを隠してしまいましたそこで帰ってきた父親はなにも気づきませんでした。

次の日になると娘はまた新しいドレスがほしくなりましたそこでこんどは父親のところへ行くときのうはあたしお母さまの夢を見たのいまから教会へ行ってお墓まいりをしてきてもいい?とたずね出かけることをゆるしてもらいましたけれどもそれはうそでしたほんとうは夢を見たりなんてしていなかったしお墓をおとずれるつもりもなかったのです家をあとにした娘はまっすぐに教会の前をとおり過ぎるとそのままを出ていきましたそしてもういちどあの小屋をたずねるつもりでした。

ところがそうして森へ入ろうとすると向こうからひどく年老いたおばあさんがやってきて娘を引きとめて言いました。娘さんやこれから醜いカエルのところへ行くつもりだねでももうそんなことはやめなさい」。

娘がわけをたずねるとそのおばあさんはこう答えました。ものをもらうかわりに言うことを聞いてやるなんてそんなの友だちとは呼ばないんだよわかるかいおまえさんがしているのは人に言えないようなとても恥ずかしいことだだからもう二度とあのカエルには会わないと約束しておくれこんなことをしているとかならず後悔することになるんだからね」。

おばあさんがあんまり熱心にとめるので娘はわかったわおばあさんあたしもうカエルのとこへは行きませんと言いましたそしてきちんとお別れのあいさつをすると来た道を戻っていきましたけれどもそれはうそでしたほんとうは新しいドレスをあきらめたりなんてしていなかったし言われたことを聞くつもりもなかったのですそこで娘はわからないようにこっそり道をはずれると口うるさいおばあさんが行ってしまうまで近くの木のかげに隠れていましたやがてじゃまものがいなくなると娘はまた姿をあらわし森のなかへと入っていきましたあの醜いカエルかわいい友だちがたずねてくるのをずっと待っていてすぐに小屋へ入れてくれましたそこで娘はどんな頼みもいやがらずカエルの望みをみんなかなえてすっかり満足させてやりました。

この日カエルがくれたドレスいままでとはくらべものにならないほどすばらしいものでしたたとえ王家お姫さまでもこんなに美しい服は持っていないことでしょう娘はたいそうよろこんで醜いカエルにお礼のキスをしましたそして家へ飛んで帰るといつものように父親をさきに行かせドレスを身につけて広場へ向かいました。

広場にいた若い伯爵きれいに着飾った娘たちがどれほど誘ってもけしていっしょに踊ろうとはしませんでしたそしてあの美しい娘が来るのを待ちきれずにそこらじゅうをうろうろとさがしまわっていましたようやく娘があらわれると伯爵はすぐにかけつけてその手をにぎりみんなのところへ連れていきました。

音楽にあわせて楽しく踊りながら娘は鐘の音を聞きのがさないようきちんと気をつけていましたところが若い伯爵この娘が宵の祈りの刻になるときまって帰ってしまうことに気がついていましたそこで前もって教会の鐘つき男をたずね今夜は鐘を鳴らさないよう頼んでおいたのですそういうわけでやがて家へ戻らなければならない時間がやってきても娘にはそのことがわかりませんでしたそれにみんなと踊るのがあんまり楽しかったせいでそんなに長いあいだそこにいたとは思いもしませんでした。

そうして踊りつづけているととうとう世話役の大人たちがやってきてリュートの演奏をやめさせましたもう今年のお祭りはおしまいで若い人たちも広場から出ていかなければなりませんでした美しい娘はそのときになってはじめてすっかり踊り過ごしてしまったことに気がつきましたそしてあわてて父親の姿をさがしたのですがもういくら見まわしてもむだでした向こうでお酒を飲んでいた大人たちはとっくに帰ったあとだったのです。

そこで娘はこわくなりどうしたらいいのかわからずに泣きだしてしまいましたするとあの若い伯爵がやってきてやさしくなぐさめてわけをたずねました娘はあたしお父さまに黙って来てしまったのと答えました。こんな遅くに帰ったらきっとひどくぶたれてしまうわ」。

それを聞いた伯爵ならば私がいっしょに行って君のお父さんと話をしようだから心配はいらないよと言いましたそしてこの美しい娘を家まで送っていきました。

さきに帰っていた父親は夜おそくに戻った娘の顔を見てすっかり腹をたてて腕をつかみ家のなかへ引きずりこもうとしました二度とこんなことがないようにきつく叱ってやろうと思ったのですところがいっしょにいた伯爵が父親をとめてどうか娘さんのことを怒らないでくださいお父さんと言いました。悪いのはむりやり誘った私なんですから」。

そう言われた父親はわけがわからずに伯爵さまそれはいったいどういうことなんでしょうとたずねました。どうしてまたうちの娘なんぞを」。

すると伯爵は答えて言いました。私は娘さんのことを愛していますもしこの人と結婚できなければきっとこのまま死んでしまうことでしょう」。

父親はすっかりおどろいてなんと言ったらよいのかわかりませんでしたけれども伯爵父親が申し出を受けるまでどうしてもあきらめようとしませんでしたそこでとうとうこの父親も娘の結婚を認めるよりほかありませんでした。

次の朝若い伯爵は娘を迎えにやってきてお城へ連れていきましたそこではもうすっかり結婚式の用意ができていてあとはふたりが来るのを待つばかりとなっていましたやがて花嫁があらわれると誰もがその美しさに見とれてため息をつきました。

ところで伯爵にはとても仲のよい双子の弟がいて困ったときには助けあおうと固く約束を交わしていましたお城がひとつしかなかったのでこの人はもうずいぶん昔に旅へ出てしまいましたが門の前で別れるときに兄弟はかたわらの木にぴかぴかのナイフを刺しておきましたそれからというもの伯爵が病気のときにはこのナイフの上側の刃がくもり元気になればナイフもかがやきを取り戻しました下側の刃はいつもぴかぴかに光っていたので伯爵はその前をとおるたびに弟が無事でいるとわかって安心するのでした。

けれども花嫁を連れて戻ってみるとナイフの下側は半分までさびて刃がぼろぼろになっていましたそれを見た兄は弟の身の上に大きな災難が降りかかったにちがいないでももしかすると助けることができるかもしれないぞナイフの残り半分はまだぴかぴかに光っているんだからと考えていそいでさがしに行こうときめましたそしていとしい娘にわけを告げるとをわけた弟を見捨てるような男が君にふさわしいとは思えないだけどちっとも心配はいらないよあっというまに用事をすませてすぐに戻ってくるからねと言いました。なぜって私は魔法の馬を持っているんだその馬は風より速く走れるしいざというときは身がわりになって主人である私を守ってくれるんだよ」。

それから伯爵召使いたちに私が戻るまでのあいだ花嫁になにひとつ不自由な思いをさせないようにと言いつけましたそして剣を帯びると魔法の馬の背にまたがりまたたくまに城門から飛びだしていきました。

矢のように国じゅうをかけまわった伯爵すぐに弟のゆくえをつきとめました勇敢な弟は人びとを苦しめているを退治しに東の果ての国へ向かったというのですそこで伯爵も馬を駆りななつの高い山をこえてのすみかへとやってきましたうす暗い洞窟のまわりには人のかたちをした石の像がたくさんころがっていてそのなかには弟の姿もありましたそれを見た伯爵は馬をおり剣を抜いて洞窟へと入っていきましたやがていちばん奥まで来るとそこではがとぐろを巻いていびきをかきながら眠っていましたところが伯爵が足音をしのばせてそっと近づこうとしたとたんは大きなくしゃみをして人くさい人の肉のにおいがするぞと言いましたそして首をもたげて目を見ひらくと呪いのまなざしで伯爵をにらみつけました。

けれども伯爵が弟と同じ姿になることはありませんでしたただそとで待っていた馬が石に変わっただけだったのですそこでこんどは口をひらいて炎を浴びせかけたのですがやっぱり効きめはありませんでしたそしてもう伯爵の剣で首を落とされるよりほかありませんでした。

が死ぬと石にされていた人たちはみんな生き返りました伯爵の弟もまた元気になって兄と抱きあい再会をよろこびましたそれからふたりはまた別れて弟はそのまま旅をつづけ兄は花嫁の待つお城へといそぎましたけれども帰り道では伯爵はふつうの馬に乗らなければなりませんでした主人の身がわりとなった魔法の馬まっ赤に焼けてこなごなになってしまっていたからです。

さてそのころ娘はといえばお城ですばらしい暮らしをしていましたもう掃除も洗濯もする必要はなく自分で料理をしなくても食べたいものが好きなだけテーブルに並べられるのです伯爵はなかなか帰ってきませんでしたがさびていたナイフの刃がもとどおりになって上も下もぴかぴかにかがやいていたので弟ともども無事でいることがわかりましたそこで娘はすっかり安心して毎日を楽しく過ごしていましたそうして暮らしているうちに娘のおなかはだんだん大きくなってやがてあの美しいドレスも着られなくなってしまいました。

季節が変わりさらにまた別の季節がおとずれたころ若い伯爵はようやく自分のお城へたどりつきました城門をくぐった伯爵まっさきにいとしい花嫁のもとへとかけつけたのですがその姿をひと目見たとたん結婚する気をすっかりなくしてしまいましたそして娘をお城から追いだすと二度となかへ入れてくれませんでした。

こうして娘は父親が暮らすもとの家へと帰っていきましたところがこの父親は戻ってきた娘の姿を目にするとおまえはもううちの子じゃないどこなりと好きなところへ行ってしまえと言って家の戸をしめてかんぬきをおろしてしまいましたそしていくら呼んでも二度と顔を見せようとはしませんでした。

そこで娘はまたあの古い友だちに助けてもらおうと考えて森のなかへと入っていきましたところがあのときの小屋はかげもかたちもなくなっていてどこをさがしても見つかりませんでしたそして娘は二度と醜いカエルに会うことがありませんでした。

そういうわけで娘は生まれ育ったを出ていくよりほかありませんでしたそしてあちこち歩きまわるうちにやがて別のへとやってきましたそこにはりっぱなお屋敷があってたいそうお金持ちの男爵ひとりで暮らしているのでしたこの人は見かけない娘がおもてをとおりかかるところを目にすると呼びとめてたずねました。君は誰かねそんなからだでどこへ行こうというんだい?」

そこで娘はわたしは花婿から見捨てられたあわれな花嫁ですどこにも行くところがありませんと答えましたすると男爵は、

そういうことならよければうちで働きなさいと言いました。けっして悪いようにはしないから」。

こうして娘はそのお屋敷で暮らすことになりました家事仕事ならなんでもじょうずにできたのでほどなく娘は男爵にすっかり気に入られてしまいましたこの人はとても親切で娘の負担になるような仕事はけしてさせませんでした夜になると娘は男爵の長靴を脱がせなければなりませんでしたがそれを頭に投げつけられるようなこともありませんでした。

そうするうちに月が満ちお屋敷にお産婆さんが呼ばれてきました娘はたいそう気づかわれいちばんいい部屋とベッドを使わせてもらえました男爵があんまり心配しているのでお産婆さんはこの娘のことを奥さまだとばかり思っていたほどでした。

ところがそうして生まれてきたのはひとかかえもあるような大きなおたまじゃくしでしたそのことを知った男爵すっかり娘に愛想をつかしてさっさとひまをやってしまいましたそういうわけで娘は歩けるようになるとすぐおたまじゃくしの入った桶をかかえてお屋敷を出ていかなければなりませんでした。

ところでこのおたまじゃくしは娘がお乳をやるたびにみるみる大きくなっていきましたやがて桶に収まりきらなくなるともうそれよりさきへはいっしょに連れていけませんでしたそこで娘は近くの池にこの子を放すよりほかありませんでした。

それから娘はまた別のへとやってきましたそこにはにぎやかな家があってたいそう信心深い騎士親のないおおぜいの子どもたちと暮らしているのでしたこの人は見かけない娘がおもてをとおりかかるところを目にすると呼びとめてたずねました。君は誰かねこんな時間にどこへ行こうというんだい?」

そこで娘はわたしは父親から見捨てられたあわれな子どもですどこにも行くところがありませんと答えましたすると騎士は、

そういうことならよければここで暮らしなさいと言いました。この家は困っている子どもをけっしてこばんだりはしないから」。

こうして娘は騎士の家で暮らすことになりましたそこにはたくさんのかわいそうな子どもたちが住んでいて助けあって毎日を過ごしていました娘はいちばんお姉さんでなんでもよく知っていたのでほどなくほかのみんなからすっかり頼りにされるようになりました。

ところがある朝娘たちが食事のしたくをしているとおもてでぺちゃぴちゃぺちゃぴちゃという音がして誰かが勝手口の戸をたたきました手伝いをしていた子どものひとりが走っていって戸をあけてみるとそこにいたのは醜い大きなカエルでしたカエルはゲコゲコと鳴きながら家のなかに飛びこむと母親のところへ跳ねてきて前掛けにしがみついて離れなくなりました。

子どもたちがひどくこわがるので娘はそのカエルをそとへ追いだそうとしたのですがいくら振りはらってみてもむだでしたカエルはしっかりと前掛けをつかんだままけして放そうとしなかったのです騒ぎを聞きつけてやってきた騎士にもこればかりはどうすることもできませんでしたそこでとうとう娘はこのカエルを連れて家を出ていかなければなりませんでした。

それからというもの娘はどこへ行っても気味悪がられ誰からも避けられるようになりました醜いカエルをひと目見るや家にこの親子を置いてやろうとする人はいなくなりましたそうして長いことさまよいつづけているうちに娘はやがて疲れはてもうそこからさきへは歩けなくなってしまいました。

ところでそれは広い畑を持っている裕福なお百姓の家の前でしたこの家のあるじは見かけない娘がおもてでうずくまっているのを目にすると呼びよせてたずねました。君は誰かねそこでいったいなにをしている?」

そこで娘はわたしは友だちから見捨てられたあわれな娘ですどこにも行くところがありませんと答えましたするとあるじは、

そういうことならここで働かせてやろうと言いました。うちにはあんまり人がたりなくてカエルの手でも借りたいほどなんだよ」。

こうして娘はそのお百姓のもとで働くことになりましたけれども前掛けにしがみついたカエルがうるさく鳴いてばかりいるのでこの親子は家畜小屋で寝起きしなければならず食事もほかの人たちといっしょには取れませんでしたそればかりか家の人たちはみんな娘が気に入らずいやな仕事はなんでも押しつけてそのうえひどいいじわるをするのでしたそういうわけでこの娘はいつもひとりぼっちでだれも望まないような仕事ばかりしていなければなりませんでした。

そうして暮らすうちにいつしか父親のもとにいたときよりも長い月日が過ぎ去りましたカエルはすっかり大きくなりましたがあいかわらず母親の前掛けにしがみついているばかりで自分ではなにもしようとしませんでしたそしていつになっても言葉をおぼえずただゲコゲコと鳴くことしかできませんでしたけれども食べることだけはすっかりいちにんまえで母親と食事をわけあうだけではたりませんでしたそこで母親は仕事のあいまに森へ行っていちごや木の実を拾ってこなければなりませんでしたそういうときもこの息子は知らん顔で食べものさがしを手伝ったりせず近くの泉へ跳ねていってひとりで遊んでいるのでした。

そんなある日のことですいつものように母親が森で木の実をあつめていると若い娘がひとり楽しそうに歌いながら近くをとおりかかりましたその娘はひどくみすぼらしいなりをしていたのですが腕のなかにはとてもきれいな伯爵家お嬢さまでさえ持っていないほどすばらしいドレスをかかえているのでしたそれでこのかわいそうな母親は昔を思いだししまってある自分のドレスを見たくなりましたところが小屋へ戻ってみるとあの大切なドレスは一着なくなっていてどこをさがしても見あたりませんでしたやがて息子が帰ってくると母親はドレスのことをたずねてみたのですがこの子はあいかわらずゲコゲコと鳴くばかりでなにも答えはしませんでした。

次の日また母親が食べものをさがしているとあのみすぼらしい娘が別のドレスをかかえてとおりかかりましたそれは公爵家お嬢さまでも持っていないほど美しいドレス娘はあっというまに走り去っていきました母親が小屋へ戻って見てみると自分のドレスはもう一着しか残っておらずあとは消えていましたそして帰ってきた息子にたずねてもそのゆくえはわかりませんでした。

そこで母親は次の朝は早くから森へ出かけていきましたそしてあの娘がやってくると呼びとめて言いました。あなた醜いカエルのところへ行くつもりねでももうそんなことはやめなさい」。

娘がわけをたずねるので母親はこう答えました。ものをもらうかわりに言うことを聞いてやるなんてそんなの友だちとは呼ばないのよいいあなたがしているのは人に言えないようなとても恥ずかしいことだわだからもう二度とあのカエルには会わないと約束してちょうだいこんなことをしているとかならず後悔することになるんだから」。

ところがこの娘はそんな母親をうるさがってそんなのあたしの勝手でしょう? おばあさんには関係ないじゃないと言いましたそしてドレスはいまだから必要なの年を取ってから手に入れたって遅いのよと言い残すとさっさとどこかへ行ってしまいました。

こうしてひとり残された母親はみじめに帰っていくよりほかありませんでした衣装箱はすっかりからになっていて大切にしていたドレスはあとかたもありませんでしたやがてカエルが戻ってくると母親は言いました。たとえもう着られないとしてもあたしはあのドレスのためにいままでさんざんつらい思いをしてきたのよそれをおまえはどこへやってしまったの? いいかげんにちゃんと答えなさいしゃべれることはわかってるんだからね」ところがそれでもこのカエルはいつものようにゲコゲコと鳴くばかりでなにを言っているのかわかりませんでしたそこで母親はすっかり頭にきて壁にかかっていた包丁をつかむとカエルのおなかをちからいっぱい刺してしまいました。

ところが醜いカエルの皮がふたつに裂けるとそのなかから母親にそっくりのとても美しい若者が姿をあらわしたのでしたこの若者は母親を抱きしめると言いました。ようやく呪いが解けましたもう二度とつらい思いはさせません」。

さてそれからこの美しい息子は母親を連れていじわるなお百姓の家を出ると別のへやってきましたそして親切なお百姓のもとでやとわれると毎日まじめに働いて母親に楽をさせましたこの家の人たちは若者がすぐに仕事をおぼえとても働きものだったのですっかり気に入ってしまいましたそこでほどなく家のあるじは若者にどうだろうわしの娘のどれかひとりと結婚してずっとうちで暮らす気はないかね?とたずねました。

けれども若者はありがとうございますでも僕が結婚する人はもうきまっているんですと答えいくら説得されても話を受けようとはしませんでした婿入りの話はこの家ばかりでなくじゅうからありましたが若者はそのたびに同じことを言ってみんなことわってしまいました。

そんなある日おなかの大きな娘がをとおりかかりお百姓の家にひと晩泊まることになりましたそれは母親が森で会ったあの娘でしたところが娘があんまりやつれていたせいで母親はちっとも気がつきませんでしたそれに娘のほうも母親のことなんておぼえてはいませんでした。

ところで夜になると急にこの娘に子どもが生まれるきざしがありましたそこであわててお産婆さんが呼ばれたのですがそうして生まれてきたのはひとかかえもあるような大きなおたまじゃくしでしたそのことを知った家の人たちはみんなこの娘のことが気味悪くなって早く家から追いだしてしまおうと考えましたけれども話を聞いた美しい若者はすぐに娘のところへやってきてこの人こそ僕の花嫁ですと言いましたそして生まれてきた子を抱きあげて口づけするとこの醜いおたまじゃくしは母親そっくりの美しい赤ん坊に変わりました娘もそれを見るとこの若者をいとおしいと思う気もちでいっぱいになってよろこんでさしだされた手を取りましたそれにこの娘はほんとうはすなおでやさしい子だったのでほどなく花婿の母親ともすっかり仲よしになりました。

やがて娘が元気になるとふたりの結婚をゆるしてもらうために娘の父親をたずねることになりましたところが娘の生まれたへ来てみると父親はすでに死んでしまったあとでしたこの人は家の仕事がちっともできず娘がいなくなってひとりきりになると日々の食事にも困るようなありさまでしたそしていつしかからだをこわし寝こんでも誰にも看病してもらえずにとうとう人知れず息を引き取ってしまったのです。

この父親には娘のほかに家族がなかったので家や畑は娘が継ぐことになりました広い畑には作物が豊かに実っていたので娘も若者も取りいれのためにおおいそがしになりましたやがて喪があけるとふたりは教会結婚式をあげましたそして母親をいたわりながら家族みんなでいつまでもしあわせに暮らしたということです。

さてお話はこれでおしまいほらそこをかわいい子猫がかけていくもし捕まえることができたならすてきな毛皮のコートがつくれるよ。


著者結社異譚語り
2008年11月30日ページ公開
2011年9月4日最終更新