◆ Märchen << HKM2 < 一括ファイル
いけにえの子が生き返ってから、千年を数えない時代のことです。ある村にたいそうけちんぼうな男がいて、大きな家にひとりで暮らしていました。この男はやがて、若くてかわいらしい奥さんをもらったのですが、その人の家はひどく貧しかったので、嫁入りのとき、なにひとつ持ってこられるものがありませんでした。ところが、そんな花嫁に男があげたものといったら、つぎはぎだらけの古びたぼろ着だけでした。そういうわけで奥さんは、おしゃれを楽しむこともゆるされず、いつもみすぼらしいかっこうをしているほかありませんでした。そればかりか、男は奥さんに山ほど仕事を言いつけて、朝から晩まで働かせました。そして少しでも休んでいるのを見つけると、ひどくふきげんになるのでした。そこでこの奥さんは、くる日もくる日もわき目もふらず、まるで女中のように働きつづけなければなりませんでした。
さて、そのうちこの夫婦にも子どもができ、やがて母親そっくりの、愛らしい女の子が生まれてきました。けれども、その子がまだ小さいうちに、かわいそうな奥さんはとうとう病気になって、まもなく死んでしまいました。するとけちんぼうな父親は、こんどは娘に母親のかわりをさせるようになりました。それからというもの、幼い娘にはつらい日々がはじまりました。朝はお日さまよりさきに目をさまし、水を汲みあげて運び、火を起こし、父親が起きてくるまでに食事のしたくをすませ、家畜たちにえさをやって、洗濯と掃除をするのです。なにより家事仕事にはきりというものがなかったので、どれほどせっせとかたづけても、やることはほかにいくらでも待っているのでした。そういうわけでこの娘は、ほこりにまみれた汚いなりで、一日じゅういそがしく働いていなければなりませんでした。
やがて娘も年ごろになり、きれいな服がほしいと思うようになりました。ところがいくら頼んでみても、父親は首を横に振るばかりでした。「そんなもの、おまえにはまだ必要ない」というのです。そしてふたこと目には「大人になったらちゃんと買ってやるから、いまはよけいなことを考えず、言われたとおりにしていなさい」とくり返すのでした。
そうして暮らしているうちに、年にいちどの村祭りの季節になりました。その日、最後の取りいれをすませた村人たちは、夕方から広場にあつまって、遅くまで収穫のおいわいをするのでした。村に住む若者や娘たちは、とりわけその夜を楽しみにしていて、きれいに着飾って出かけていきました。みんなそこで、新しい友だちを見つけようと思っていたのです。
もちろんあのほこりまみれの娘も、そこへ行きたくてしかたありませんでした。けれどもけちんぼうな父親は、いつものように「おまえにはまだ早い」と言って、ちっとも相手にしてくれませんでした。そこで娘はすっかり悲しくなって、教会の裏にある母親のお墓をおとずれると、つめたい石の前に座りこんで泣きだしてしまいました。
するとどこからか「どうしたんです、お嬢さん。その声を耳にしたら、石だって君のことがかわいそうになりますよ」という声が聞こえてきました。娘があたりを見まわすと、年を取った大きなカエルが、近くの沼からイボだらけの顔をつきだしているのが目に入りました。
「あら、気もちの悪いカエルね」と娘は言いました。「あたしが泣いていたのは、こんどのお祭りに着ていくお洋服がなかったからよ。それがどうかしたの?」
「そんなことなら、僕がどうにかしてあげましょう。だから、もう泣くのはおやめなさい」とカエルは言いました。「でも、君の願いをかなえてあげたら、かわりになにをしてくれますか?」
「あなたはなにをしてほしいの?」
「そうですね、君が僕のことを好いてくれて、仲のいい友だちになり、僕の家まで来ていっしょに遊び、僕とふたりで食卓をかこんで、僕のお皿から食べ、僕の杯から飲み、僕のベッドで寝てくれたならば、いままで誰も見たことがないようなすてきなドレスを、帰りに持たせてあげましょう」。
「いいわ、カエルさん」と娘はすぐに答えました。「それじゃあたしたち、今日からお友だちね。さあ、あなたのおうちへ行きましょう」。
それを聞いたカエルはうれしそうに水からあがり、近くの森へぴょこぴょこと跳ねていきました。やがて暗い森の奥まで来ると、そこにはみすぼらしい一軒の小屋がありました。娘はその小屋のなかで、一日じゅうカエルの相手をしてやりました。そしてこの新しい友だちが望むので、イボだらけの醜い顔になんどもキスをしました。
やがて夕方になると、カエルは金でできた衣装箱を出してきて、なかのドレスを娘にくれました。それはほんとうにすばらしいものでした。たとえ伯爵家のお嬢さまでも、こんなに美しい服は持っていないことでしょう。娘はおおよろこびでお礼を言うと、ドレスをかかえて小屋を出ました。するとカエルは「またなにかほしいものができたら、いつでもたずねていらっしゃい」と言って、帰っていく友だちを見送りました。
家へ戻った娘は、もらったドレスをいそいで隠すと、服を脱いでベッドのなかにもぐりこみました。ちょうどそのとき、父親が仕事から帰ってきて、家の戸をあけました。そして、言いつけておいたことがなにひとつかたづいていないのを目にすると、娘のところへやってきて、きびしい声でわけをたずねました。そこで娘は、ベッドから顔を出すと「ごめんなさいお父さま。あたし、今日はとてもぐあいが悪かったものだから、いままでずっと寝ていたの。いそいでお夕飯のしたくするから、ちょっとだけ待っていてね」と言いました。その顔があんまり赤かったので、父親はきっとひどい熱があるのだろうと思い、この日ばかりは怒らずにゆるしてくれました。
そうするうちに、やがてお祭りの日がやってきました。教会の鐘が日没の祈りの刻を告げるころ、父親は娘を呼びつけて「私の帽子と、しまってあるいい服を持ってきて、それから靴をみがいてくれないか。そろそろお祭りに行く時間だからね」と言いました。そして身じたくがととのうと「おまえは留守番をしていなさい」と言い残し、ひとりで出かけてしまいました。けれども娘は、その姿が見えなくなるやいなや、すぐにドレスの隠し場所へと飛んでいきました。うす汚れたぼろを脱いでそでをとおしてみると、そのドレスはまるで娘のためにあつらえたようにぴったりで、とてもよく似合っていました。そこで娘はすっかりうれしくなって、いそいそとお祭りへ出かけていきました。
娘が広場に顔を見せると、そこにあつまっていた人たちはみんな、びっくりして道をあけました。誰もそれが、いつもみすぼらしいなりをしていた娘だとは気がつきませんでした。父親ももちろんそこにいたのですが、やっぱり自分の娘だと見わけることができず、あれはどこのお嬢さまだろうと思っていました。ドレスを身につけた娘は、それほどきれいだったのです。それにこの父親は、自分の娘は家にいて、ほこりまみれで働いているものとばかり考えていました。
さて、広場のまんなかではすでに、とびきりのおめかしをした若者や娘たちが、リュートの音にあわせてにぎやかに踊っているところでした。踊りの輪に入ることができるのは、まだ結婚していない人だけでした。そのなかには、このあたりを治めている若い伯爵の姿もあって、誰より軽やかにステップを踏んでいました。この人は、遅れて来た娘を目にするや、輪を抜けて迎えにやってきて、手を引いてみんなのところへ連れていきました。そしてもう、ほかの娘のことなんて見ようとしませんでした。
はじめてのお祭りの夜はとても楽しく、時間は飛ぶように過ぎていきました。けれども娘は、そうして踊っているあいだじゅうずっと、耳を澄ませておくのを忘れませんでした。なぜなら、向こうでお酒を飲んでいる大人たちは、宵の祈りの刻になると家へ帰ってしまうからです。そういうわけで、やがて教会の鐘が鳴りひびくと、娘はすぐに踊るのをやめて、するりとみんなのなかから抜けだしました。
それを見た伯爵は、あとを追いかけて引きとめようとしました。この美しい娘と、まだまだいっしょに踊っていたかったのです。ところが、娘は風のように走り去り、あっというまに姿を消してしまいました。そしていくらさがしても、どこへ行ったのかさっぱりわかりませんでした。伯爵はひどく残念に思って、もう広場へ戻る気にもならず、そのままお城に帰ってしまいました。
娘が家へ戻ると、父親もすぐに帰ってきました。ところがこの人は、いつもの汚い服で出迎えた娘を見て、いままでずっと家にいたものとしか思いませんでした。そして、いい服を脱いで娘にかたづけさせると、ベッドに倒れこんでさっさと寝入ってしまいました。
ところで、このお祭りは三日のあいだつづくことになっていました。次の朝になると、娘は別のドレスがほしくなって、家の仕事も手につかなくなりました。そこで娘は、父親のところへ行くと「きのうはあたし、寝る前のお祈りを忘れてしまったの。いまから教会へ行って、神父さまにざんげしてきてもいい?」とたずね、出かけることをゆるしてもらいました。けれども、それはうそでした。ほんとうはお祈りを忘れたりなんてしていなかったし、神父さまにざんげを聞いてもらうつもりもなかったのです。家をあとにした娘は、まっすぐに教会の前をとおり過ぎると、そのまま森へ入っていきました。小屋にいた醜いカエルは、仲よしの娘の声を耳にするや、すぐに飛んできて戸をあけました。そこで娘は、またカエルの言うとおりになってよろこばせてやりました。
こんどもらったドレスは、前よりいっそうすばらしいものでした。たとえ公爵家のお嬢さまでも、こんなに美しい服は持っていないことでしょう。娘はとてもよろこんで、カエルに別れを告げるといそいで村へ戻りました。それからドレスを隠して家に入ると、父親のしたくを手伝って送りだし、自分も着がえてお祭りに出かけていきました。
娘がやってきたときには、若い人たちはとっくにあつまって、輪になって踊りはじめていました。けれどもあの若い伯爵は、みんなのなかには入らずに、ただ近くで立っているだけでした。きのうの美しい娘といっしょでなければ、ちっとも踊る気になんてなれなかったのです。そして娘の姿を見つけると、すぐにそばへやってきて、手を取ってみんなのところへ連れていきました。
そうして楽しく踊っていると、やがて教会の鐘が鳴りわたり、宵の祈りの刻を告げました。娘はちゃんと耳を澄ませていて、いそいで踊りの輪を離れ、にぎやかな広場をあとにしました。伯爵はこんどこそ娘を引きとめようと思っていたのですが、やっぱり追いつくことができませんでした。そして、またすぐにその美しい後ろ姿を見うしなうと、肩を落としてひとりお城へ戻るよりほかありませんでした。
家についた娘は、すばやくもとのかっこうに戻ると、美しいドレスを隠してしまいました。そこで、帰ってきた父親はなにも気づきませんでした。
次の日になると、娘はまた新しいドレスがほしくなりました。そこでこんどは、父親のところへ行くと「きのうはあたし、お母さまの夢を見たの。いまから教会へ行って、お墓まいりをしてきてもいい?」とたずね、出かけることをゆるしてもらいました。けれども、それはうそでした。ほんとうは夢を見たりなんてしていなかったし、お墓をおとずれるつもりもなかったのです。家をあとにした娘は、まっすぐに教会の前をとおり過ぎると、そのまま村を出ていきました。そしてもういちど、あの小屋をたずねるつもりでした。
ところが、そうして森へ入ろうとすると、向こうからひどく年老いたおばあさんがやってきて、娘を引きとめて言いました。「娘さんや、これから醜いカエルのところへ行くつもりだね。でも、もうそんなことはやめなさい」。
娘がわけをたずねると、そのおばあさんはこう答えました。「ものをもらうかわりに言うことを聞いてやるなんて、そんなの友だちとは呼ばないんだよ。わかるかい、おまえさんがしているのは、人に言えないようなとても恥ずかしいことだ。だからもう、二度とあのカエルには会わないと約束しておくれ。こんなことをしていると、かならず後悔することになるんだからね」。
おばあさんがあんまり熱心にとめるので、娘は「わかったわ、おばあさん。あたし、もうカエルのとこへは行きません」と言いました。そしてきちんとお別れのあいさつをすると、来た道を戻っていきました。けれども、それはうそでした。ほんとうは新しいドレスをあきらめたりなんてしていなかったし、言われたことを聞くつもりもなかったのです。そこで娘は、わからないようにこっそり道をはずれると、口うるさいおばあさんが行ってしまうまで、近くの木のかげに隠れていました。やがてじゃまものがいなくなると、娘はまた姿をあらわし、森のなかへと入っていきました。あの醜いカエルは、かわいい友だちがたずねてくるのをずっと待っていて、すぐに小屋へ入れてくれました。そこで娘は、どんな頼みもいやがらず、カエルの望みをみんなかなえて、すっかり満足させてやりました。
この日カエルがくれたドレスは、いままでとはくらべものにならないほどすばらしいものでした。たとえ王家のお姫さまでも、こんなに美しい服は持っていないことでしょう。娘はたいそうよろこんで、醜いカエルにお礼のキスをしました。そして家へ飛んで帰ると、いつものように父親をさきに行かせ、ドレスを身につけて広場へ向かいました。
広場にいた若い伯爵は、きれいに着飾った娘たちがどれほど誘っても、けしていっしょに踊ろうとはしませんでした。そして、あの美しい娘が来るのを待ちきれずに、そこらじゅうをうろうろとさがしまわっていました。ようやく娘があらわれると、伯爵はすぐにかけつけてその手をにぎり、みんなのところへ連れていきました。
音楽にあわせて楽しく踊りながら、娘は鐘の音を聞きのがさないよう、きちんと気をつけていました。ところが若い伯爵は、この娘が宵の祈りの刻になると、きまって帰ってしまうことに気がついていました。そこで、前もって教会の鐘つき男をたずね、今夜は鐘を鳴らさないよう頼んでおいたのです。そういうわけで、やがて家へ戻らなければならない時間がやってきても、娘にはそのことがわかりませんでした。それに、みんなと踊るのがあんまり楽しかったせいで、そんなに長いあいだそこにいたとは思いもしませんでした。
そうして踊りつづけていると、とうとう世話役の大人たちがやってきて、リュートの演奏をやめさせました。もう今年のお祭りはおしまいで、若い人たちも広場から出ていかなければなりませんでした。美しい娘は、そのときになってはじめて、すっかり踊り過ごしてしまったことに気がつきました。そしてあわてて父親の姿をさがしたのですが、もういくら見まわしてもむだでした。向こうでお酒を飲んでいた大人たちは、とっくに帰ったあとだったのです。
そこで娘はこわくなり、どうしたらいいのかわからずに泣きだしてしまいました。するとあの若い伯爵がやってきて、やさしくなぐさめてわけをたずねました。娘は「あたし、お父さまに黙って来てしまったの」と答えました。「こんな遅くに帰ったら、きっとひどくぶたれてしまうわ」。
それを聞いた伯爵は「ならば私がいっしょに行って、君のお父さんと話をしよう。だから心配はいらないよ」と言いました。そして、この美しい娘を家まで送っていきました。
さきに帰っていた父親は、夜おそくに戻った娘の顔を見て、すっかり腹をたてて腕をつかみ、家のなかへ引きずりこもうとしました。二度とこんなことがないように、きつく叱ってやろうと思ったのです。ところが、いっしょにいた伯爵が父親をとめて「どうか娘さんのことを怒らないでください、お父さん」と言いました。「悪いのは、むりやり誘った私なんですから」。
そう言われた父親は、わけがわからずに「伯爵さま、それはいったいどういうことなんでしょう」とたずねました。「どうしてまた、うちの娘なんぞを」。
すると、伯爵は答えて言いました。「私は娘さんのことを愛しています。もしこの人と結婚できなければ、きっとこのまま死んでしまうことでしょう」。
父親はすっかりおどろいて、なんと言ったらよいのかわかりませんでした。けれども伯爵は、父親が申し出を受けるまで、どうしてもあきらめようとしませんでした。そこでとうとうこの父親も、娘の結婚を認めるよりほかありませんでした。
次の朝、若い伯爵は娘を迎えにやってきて、お城へ連れていきました。そこではもうすっかり結婚式の用意ができていて、あとはふたりが来るのを待つばかりとなっていました。やがて花嫁があらわれると、誰もがその美しさに見とれてため息をつきました。
ところで、伯爵にはとても仲のよい双子の弟がいて、困ったときには助けあおうと固く約束を交わしていました。お城がひとつしかなかったので、この人はもうずいぶん昔に旅へ出てしまいましたが、門の前で別れるときに、兄弟はかたわらの木にぴかぴかのナイフを刺しておきました。それからというもの、伯爵が病気のときにはこのナイフの上側の刃がくもり、元気になればナイフもかがやきを取り戻しました。下側の刃はいつもぴかぴかに光っていたので、伯爵はその前をとおるたびに、弟が無事でいるとわかって安心するのでした。
けれども、花嫁を連れて戻ってみると、ナイフの下側は半分までさびて、刃がぼろぼろになっていました。それを見た兄は「弟の身の上に大きな災難が降りかかったにちがいない。でも、もしかすると助けることができるかもしれないぞ。ナイフの残り半分は、まだぴかぴかに光っているんだから」と考えて、いそいでさがしに行こうときめました。そして、いとしい娘にわけを告げると「血をわけた弟を見捨てるような男が、君にふさわしいとは思えない。だけど、ちっとも心配はいらないよ。あっというまに用事をすませて、すぐに戻ってくるからね」と言いました。「なぜって、私は魔法の馬を持っているんだ。その馬は風より速く走れるし、いざというときは身がわりになって、主人である私を守ってくれるんだよ」。
それから、伯爵は召使いたちに「私が戻るまでのあいだ、花嫁になにひとつ不自由な思いをさせないように」と言いつけました。そして剣を帯びると、魔法の馬の背にまたがり、またたくまに城門から飛びだしていきました。
矢のように国じゅうをかけまわった伯爵は、すぐに弟のゆくえをつきとめました。勇敢な弟は、人びとを苦しめている竜を退治しに、東の果ての国へ向かったというのです。そこで伯爵も馬を駆り、ななつの高い山をこえて、竜のすみかへとやってきました。うす暗い洞窟のまわりには、人のかたちをした石の像がたくさんころがっていて、そのなかには弟の姿もありました。それを見た伯爵は馬をおり、剣を抜いて洞窟へと入っていきました。やがていちばん奥まで来ると、そこでは竜がとぐろを巻いて、いびきをかきながら眠っていました。ところが、伯爵が足音をしのばせてそっと近づこうとしたとたん、竜は大きなくしゃみをして「人くさい、人の肉のにおいがするぞ」と言いました。そして首をもたげて目を見ひらくと、呪いのまなざしで伯爵をにらみつけました。
けれども、伯爵が弟と同じ姿になることはありませんでした。ただそとで待っていた馬が、石に変わっただけだったのです。そこで竜は、こんどは口をひらいて炎を浴びせかけたのですが、やっぱり効きめはありませんでした。そしてもう、伯爵の剣で首を落とされるよりほかありませんでした。
竜が死ぬと、石にされていた人たちはみんな生き返りました。伯爵の弟もまた元気になって、兄と抱きあい、再会をよろこびました。それからふたりはまた別れて、弟はそのまま旅をつづけ、兄は花嫁の待つお城へといそぎました。けれども帰り道では、伯爵はふつうの馬に乗らなければなりませんでした。主人の身がわりとなった魔法の馬は、まっ赤に焼けてこなごなになってしまっていたからです。
さて、そのころ娘はといえば、お城ですばらしい暮らしをしていました。もう掃除も洗濯もする必要はなく、自分で料理をしなくても、食べたいものが好きなだけテーブルに並べられるのです。伯爵はなかなか帰ってきませんでしたが、さびていたナイフの刃がもとどおりになって、上も下もぴかぴかにかがやいていたので、弟ともども無事でいることがわかりました。そこで娘はすっかり安心して、毎日を楽しく過ごしていました。そうして暮らしているうちに、娘のおなかはだんだん大きくなって、やがてあの美しいドレスも着られなくなってしまいました。
季節が変わり、さらにまた別の季節がおとずれたころ、若い伯爵はようやく自分のお城へたどりつきました。城門をくぐった伯爵は、まっさきにいとしい花嫁のもとへとかけつけたのですが、その姿をひと目見たとたん、結婚する気をすっかりなくしてしまいました。そして娘をお城から追いだすと、二度となかへ入れてくれませんでした。
こうして娘は、父親が暮らすもとの家へと帰っていきました。ところがこの父親は、戻ってきた娘の姿を目にすると「おまえはもううちの子じゃない。どこなりと、好きなところへ行ってしまえ」と言って、家の戸をしめてかんぬきをおろしてしまいました。そしていくら呼んでも、二度と顔を見せようとはしませんでした。
そこで娘は、またあの古い友だちに助けてもらおうと考えて、森のなかへと入っていきました。ところが、あのときの小屋はかげもかたちもなくなっていて、どこをさがしても見つかりませんでした。そして娘は、二度と醜いカエルに会うことがありませんでした。
そういうわけで娘は、生まれ育った村を出ていくよりほかありませんでした。そしてあちこち歩きまわるうちに、やがて別の村へとやってきました。そこにはりっぱなお屋敷があって、たいそうお金持ちの男爵が、ひとりで暮らしているのでした。この人は、見かけない娘がおもてをとおりかかるところを目にすると、呼びとめてたずねました。「君は誰かね。そんなからだで、どこへ行こうというんだい?」
そこで娘は「わたしは花婿から見捨てられたあわれな花嫁です。どこにも行くところがありません」と答えました。すると男爵は、
「そういうことなら、よければうちで働きなさい」と言いました。「けっして悪いようにはしないから」。
こうして娘は、そのお屋敷で暮らすことになりました。家事仕事ならなんでもじょうずにできたので、ほどなく娘は、男爵にすっかり気に入られてしまいました。この人はとても親切で、娘の負担になるような仕事はけしてさせませんでした。夜になると、娘は男爵の長靴を脱がせなければなりませんでしたが、それを頭に投げつけられるようなこともありませんでした。
そうするうちに月が満ち、お屋敷にお産婆さんが呼ばれてきました。娘はたいそう気づかわれ、いちばんいい部屋とベッドを使わせてもらえました。男爵があんまり心配しているので、お産婆さんはこの娘のことを奥さまだとばかり思っていたほどでした。
ところが、そうして生まれてきたのは、ひとかかえもあるような大きなおたまじゃくしでした。そのことを知った男爵は、すっかり娘に愛想をつかして、さっさとひまをやってしまいました。そういうわけで娘は、歩けるようになるとすぐ、おたまじゃくしの入った桶をかかえてお屋敷を出ていかなければなりませんでした。
ところでこのおたまじゃくしは、娘がお乳をやるたびに、みるみる大きくなっていきました。やがて桶に収まりきらなくなると、もうそれよりさきへはいっしょに連れていけませんでした。そこで娘は、近くの池にこの子を放すよりほかありませんでした。
それから娘は、また別の村へとやってきました。そこにはにぎやかな家があって、たいそう信心深い騎士が、親のないおおぜいの子どもたちと暮らしているのでした。この人は、見かけない娘がおもてをとおりかかるところを目にすると、呼びとめてたずねました。「君は誰かね。こんな時間に、どこへ行こうというんだい?」
そこで娘は「わたしは父親から見捨てられたあわれな子どもです。どこにも行くところがありません」と答えました。すると騎士は、
「そういうことなら、よければここで暮らしなさい」と言いました。「この家は、困っている子どもをけっしてこばんだりはしないから」。
こうして娘は、騎士の家で暮らすことになりました。そこにはたくさんのかわいそうな子どもたちが住んでいて、助けあって毎日を過ごしていました。娘はいちばんお姉さんで、なんでもよく知っていたので、ほどなくほかのみんなから、すっかり頼りにされるようになりました。
ところがある朝、娘たちが食事のしたくをしていると、おもてでぺちゃ、ぴちゃ、ぺちゃ、ぴちゃ、という音がして、誰かが勝手口の戸をたたきました。手伝いをしていた子どものひとりが、走っていって戸をあけてみると、そこにいたのは醜い大きなカエルでした。カエルはゲコゲコと鳴きながら家のなかに飛びこむと、母親のところへ跳ねてきて、前掛けにしがみついて離れなくなりました。
子どもたちがひどくこわがるので、娘はそのカエルをそとへ追いだそうとしたのですが、いくら振りはらってみてもむだでした。カエルはしっかりと前掛けをつかんだまま、けして放そうとしなかったのです。騒ぎを聞きつけてやってきた騎士にも、こればかりはどうすることもできませんでした。そこでとうとう娘は、このカエルを連れて家を出ていかなければなりませんでした。
それからというもの、娘はどこへ行っても気味悪がられ、誰からも避けられるようになりました。醜いカエルをひと目見るや、家にこの親子を置いてやろうとする人はいなくなりました。そうして長いことさまよいつづけているうちに、娘はやがて疲れはて、もうそこからさきへは歩けなくなってしまいました。
ところでそれは、広い畑を持っている裕福なお百姓の家の前でした。この家のあるじは、見かけない娘がおもてでうずくまっているのを目にすると、呼びよせてたずねました。「君は誰かね。そこでいったいなにをしている?」
そこで娘は「わたしは友だちから見捨てられたあわれな娘です。どこにも行くところがありません」と答えました。するとあるじは、
「そういうことなら、ここで働かせてやろう」と言いました。「うちにはあんまり人がたりなくて、カエルの手でも借りたいほどなんだよ」。
こうして娘は、そのお百姓のもとで働くことになりました。けれども、前掛けにしがみついたカエルがうるさく鳴いてばかりいるので、この親子は家畜小屋で寝起きしなければならず、食事もほかの人たちといっしょには取れませんでした。そればかりか、家の人たちはみんな娘が気に入らず、いやな仕事はなんでも押しつけて、そのうえひどいいじわるをするのでした。そういうわけでこの娘は、いつもひとりぼっちで、だれも望まないような仕事ばかりしていなければなりませんでした。
そうして暮らすうちにいつしか、父親のもとにいたときよりも長い月日が過ぎ去りました。カエルはすっかり大きくなりましたが、あいかわらず母親の前掛けにしがみついているばかりで、自分ではなにもしようとしませんでした。そしていつになっても言葉をおぼえず、ただゲコゲコと鳴くことしかできませんでした。けれども、食べることだけはすっかりいちにんまえで、母親と食事をわけあうだけではたりませんでした。そこで母親は、仕事のあいまに森へ行って、いちごや木の実を拾ってこなければなりませんでした。そういうときもこの息子は知らん顔で、食べものさがしを手伝ったりせず、近くの泉へ跳ねていってひとりで遊んでいるのでした。
そんなある日のことです。いつものように母親が森で木の実をあつめていると、若い娘がひとり、楽しそうに歌いながら近くをとおりかかりました。その娘はひどくみすぼらしいなりをしていたのですが、腕のなかにはとてもきれいな、伯爵家のお嬢さまでさえ持っていないほどすばらしいドレスをかかえているのでした。それでこのかわいそうな母親は昔を思いだし、しまってある自分のドレスを見たくなりました。ところが小屋へ戻ってみると、あの大切なドレスは一着なくなっていて、どこをさがしても見あたりませんでした。やがて息子が帰ってくると、母親はドレスのことをたずねてみたのですが、この子はあいかわらずゲコゲコと鳴くばかりで、なにも答えはしませんでした。
次の日、また母親が食べものをさがしていると、あのみすぼらしい娘が、別のドレスをかかえてとおりかかりました。それは公爵家のお嬢さまでも持っていないほど美しいドレスで、娘はあっというまに走り去っていきました。母親が小屋へ戻って見てみると、自分のドレスはもう一着しか残っておらず、あとは消えていました。そして帰ってきた息子にたずねても、そのゆくえはわかりませんでした。
そこで母親は、次の朝は早くから森へ出かけていきました。そしてあの娘がやってくると、呼びとめて言いました。「あなた、醜いカエルのところへ行くつもりね。でも、もうそんなことはやめなさい」。
娘がわけをたずねるので、母親はこう答えました。「ものをもらうかわりに言うことを聞いてやるなんて、そんなの友だちとは呼ばないのよ。いい、あなたがしているのは、人に言えないようなとても恥ずかしいことだわ。だからもう、二度とあのカエルには会わないと約束してちょうだい。こんなことをしていると、かならず後悔することになるんだから」。
ところがこの娘は、そんな母親をうるさがって「そんなの、あたしの勝手でしょう? おばあさんには関係ないじゃない」と言いました。そして「ドレスはいまだから必要なの。年を取ってから手に入れたって遅いのよ」と言い残すと、さっさとどこかへ行ってしまいました。
こうしてひとり残された母親は、みじめに帰っていくよりほかありませんでした。衣装箱はすっかりからになっていて、大切にしていたドレスはあとかたもありませんでした。やがてカエルが戻ってくると、母親は言いました。「たとえもう着られないとしても、あたしはあのドレスのために、いままでさんざんつらい思いをしてきたのよ。それをおまえはどこへやってしまったの? いいかげんにちゃんと答えなさい、しゃべれることはわかってるんだからね」。ところが、それでもこのカエルはいつものようにゲコゲコと鳴くばかりで、なにを言っているのかわかりませんでした。そこで母親はすっかり頭にきて、壁にかかっていた包丁をつかむと、カエルのおなかをちからいっぱい刺してしまいました。
ところが、醜いカエルの皮がふたつに裂けると、そのなかから母親にそっくりの、とても美しい若者が姿をあらわしたのでした。この若者は、母親を抱きしめると言いました。「ようやく呪いが解けました。もう二度と、つらい思いはさせません」。
さて、それからこの美しい息子は、母親を連れていじわるなお百姓の家を出ると、別の村へやってきました。そして親切なお百姓のもとでやとわれると、毎日まじめに働いて、母親に楽をさせました。この家の人たちは、若者がすぐに仕事をおぼえ、とても働きものだったので、すっかり気に入ってしまいました。そこでほどなく、家のあるじは若者に「どうだろう、わしの娘のどれかひとりと結婚して、ずっとうちで暮らす気はないかね?」とたずねました。
けれども若者は「ありがとうございます。でも、僕が結婚する人は、もうきまっているんです」と答え、いくら説得されても話を受けようとはしませんでした。婿入りの話は、この家ばかりでなく村じゅうからありましたが、若者はそのたびに同じことを言って、みんなことわってしまいました。
そんなある日、おなかの大きな娘が村をとおりかかり、お百姓の家にひと晩泊まることになりました。それは、母親が森で会ったあの娘でした。ところが、娘があんまりやつれていたせいで、母親はちっとも気がつきませんでした。それに娘のほうも、母親のことなんておぼえてはいませんでした。
ところで、夜になると急に、この娘に子どもが生まれるきざしがありました。そこであわててお産婆さんが呼ばれたのですが、そうして生まれてきたのは、ひとかかえもあるような大きなおたまじゃくしでした。そのことを知った家の人たちは、みんなこの娘のことが気味悪くなって、早く家から追いだしてしまおうと考えました。けれども、話を聞いた美しい若者は、すぐに娘のところへやってきて「この人こそ、僕の花嫁です」と言いました。そして、生まれてきた子を抱きあげて口づけすると、この醜いおたまじゃくしは、母親そっくりの美しい赤ん坊に変わりました。娘もそれを見ると、この若者をいとおしいと思う気もちでいっぱいになって、よろこんでさしだされた手を取りました。それにこの娘は、ほんとうはすなおでやさしい子だったので、ほどなく花婿の母親ともすっかり仲よしになりました。
やがて娘が元気になると、ふたりの結婚をゆるしてもらうために、娘の父親をたずねることになりました。ところが、娘の生まれた村へ来てみると、父親はすでに死んでしまったあとでした。この人は家の仕事がちっともできず、娘がいなくなってひとりきりになると、日々の食事にも困るようなありさまでした。そしていつしかからだをこわし、寝こんでも誰にも看病してもらえずに、とうとう人知れず息を引き取ってしまったのです。
この父親には娘のほかに家族がなかったので、家や畑は娘が継ぐことになりました。広い畑には作物が豊かに実っていたので、娘も若者も取りいれのためにおおいそがしになりました。やがて喪があけると、ふたりは教会で結婚式をあげました。そして母親をいたわりながら、家族みんなでいつまでもしあわせに暮らしたということです。
さて、お話はこれでおしまい。ほらそこを、かわいい子猫がかけていく。もし捕まえることができたなら、すてきな毛皮のコートがつくれるよ。
著者:結社異譚語り | |||
2008年 | 11月 | 30日 | ページ公開 |
2011年 | 9月 | 4日 | 最終更新 |