◆ Märchen << HKM3 < 一括ファイル
いけにえの子が生き返ってから、千年を数えない時代のことです。あるところに、ひとりではなにひとつ満足にできず、いつも失敗ばかりしている娘がいました。そこでみんなこの娘のことを、名まえではなく『役立たず』と呼んでいました。役立たずはいちばん上のお姉さんでしたが、いくつになってもいそがしい両親の助けにはなれず、逆にその仕事を増やすことしかできませんでした。そのうち両親もあきらめて、ほんとうなら年長の子どもがやるはずの仕事を、妹や弟たちにまかせるようになりました。そして、役立たずにはいちばん簡単な手伝いだけさせておき、それはいくら下の子が増えようと変わることがありませんでした。
さて、あるとき役立たずのお母さんにまた新しい子どもができたので、いつものように家へお手伝いさんを置くことになりました。こんどやってきたお手伝いさんは、村でいちばん美しい娘でした。この人はいずれ、役立たずのすぐ下の弟と結婚することになっていたので、しばらくいっしょに暮らせるときまってたいそうよろこんでいました。それに家事がとても得意で、毎日かいがいしく働いてくれたので、お母さんはすっかり安心して休んでいることができました。
ところで役立たずはと言えば、あいかわらずあれこれと失敗ばかりしていました。いままで役立たずのめんどうを見ていたのはお母さんだったので、こんどからはお手伝いの娘がそのあとしまつをしてやらなければなりませんでした。そういうときも、娘はいやな顔ひとつせずに言いました。「気になさらないで、お義姉さま。あとはあたしがやりますから、向こうへ行っていてくださいな。でも、こんどからはもう少し注意なさってね」。けれども役立たずがいなくなると、娘はひとりであとかたづけをしながら「お義姉さまがあんなふうじゃ、この家の人たちもたいへんね。ああ、なんだって神さまは、あのような役立たずをおつくりになったのかしら」とため息をつくのでした。
そうして暮らしているうちに、役立たずの弟の誕生日がやってきました。お手伝いの娘はこの日をずっと楽しみにしていて、とびきりのごちそうでおいわいしてあげるつもりでした。そのためにこれまで、とぼしい食料庫の中身をじょうずにやりくりし、どうにか必要な材料を残しておいたのです。やがて家の人たちが畑へ出かけてしまうと、娘はさっそく料理をはじめ、お昼までにはあらかたつくりあげてしまいました。けれどもそこへ、正午の祈りの刻を告げる教会の鐘が聞こえてきたので、娘はひとまず手をとめて、いそいでみんなのところへお弁当を届けに行かなければなりませんでした。
ところが台所に誰もいなくなると、おいしそうなにおいをかぎつけたネズミたちが、ごちそうの味見をしようと姿をあらわしました。ちょうどそこへやってきた役立たずは、まねかれざるお客さまがたの顔を目にするや、持っていたホウキを振りまわしてお引きとりを願いました。けれども、最後の一匹を追いはらったひょうしに、ホウキがお皿に命中し、ごちそうをテーブルの上からはたき落としてしまいました。
やがて台所へ戻ってきた娘は、そのありさまを見て、とうとう泣きだしてしまいました。そして「あたしもう耐えられないわ。神さまでもないかぎり、お義姉さまのめんどうなんて見きれないのよ」と言うと、そのまま荷物をまとめて自分の家へ帰ってしまいました。
それを聞いて、役立たずも「たしかにあの子の言うとおりだ」と思いました。「神さまのところだったらきっと、どんなにだめな子がいても迷惑にはならないわ。いまから天国をたずねて、そこに置いてもらえないか聞いてみることにしよう」。そしてすぐに村を出ると、天国をめざしてどんどん歩いていきました。
やがて役立たずは、小高い丘の上へたどりつきました。すると向こうから、年老いた醜い小人がやってきて「ごきげんよう、お嬢さん」とあいさつをしました。
そこで役立たずは「ありがとう、小人さん。でもあたし、ごきげんになんてなれっこないわ」と答えました。「だって、神さまがあたしをおつくりになったせいで、家族がたいへんな思いをしなければならないんですもの」。
「それで、これからどうするつもりだね」。
「神さまをたずねて、みもとに置いてもらえないか聞いてみるつもりよ。でも困ったわ、どうしたら天国へ行けるのかわからないの」。
それを聞いた小人は「なんだい、そんなことも知らないのかね」と笑いました。そして炎のように赤い色をしたパンを取りだすと「だったらこの聖体パンをやろう。こいつをみんなたいらげて、あとはただ眠っているだけでいい。目がさめたときには、ちゃんと天国についてるだろうさ」と言いました。
役立たずがおおよろこびでお礼を言うと、小人はパンを渡して去っていきました。そこで役立たずは、さっそくパンをたいらげると、丘の上によこたわりました。ところがしばらくすると、食べたパンがおなかのなかで燃えはじめ、とても眠るどころではなくなってしまいました。役立たずはパンをぜんぶ吐きだしましたが、おなかの火事は収まりません。するとそこへ、近くの川へ水くみに来ていたお百姓がとおりかかり、持っていた桶の水を役立たずに飲ませました。やがて桶がからっぽになると、おなかがはちきれそうになった役立たずは、また飲んだ水をすっかり吐きだしてしまいました。けれども、それでようやく火事は収まり、役立たずはふたたび起きあがれるようになりました。
わけを知ったお百姓は「こんなパンを食べたところで、天国へはけっして行けないよ。いいかい、もうこんなことをしてはだめだからね」と言いました。そういうわけで役立たずは、また天国へつづく道をさがして歩いていかなければなりませんでした。けれども、おなかのなかをすっかりやけどしてしまったせいで、もうミルクのほかにはなにも口にすることができませんでした。
それから役立たずは、一本の大きな樫の木の下へたどりつきました。すると向こうから、年老いた醜い小人がやってきて「ごきげんよう、お嬢さん」とあいさつをしました。
そこで役立たずは「ありがとう、小人さん。でもあたし、ごきげんになんてなれっこないわ」と答えました。「だって、神さまがあたしをおつくりになったせいで、家族がたいへんな思いをしなければならないんですもの」。
「それで、これからどうするつもりだね」。
「神さまをたずねて、みもとに置いてもらえないか聞いてみるつもりよ。でも困ったわ、どうしたら天国へ行けるのかわからないの」。
それを聞いた小人は「なんだい、そんなことも知らないのかね」と笑いました。そしてたくさんの赤い石がついているロザリオを取りだすと「だったらこの数珠をやろう。これは昔、ある綱屋が大切な娘の結婚式に持っていったものなんだがね、こいつを首飾りみたいに首にかけて、あとはただ眠っているだけでいい。目がさめたときには、ちゃんと天国についてるだろうさ」と言いました。
役立たずがおおよろこびでお礼を言うと、小人はロザリオを渡して去っていきました。そこで役立たずは、さっそくロザリオを首にかけると、樫の木の根もとによこたわりました。するとロザリオは宙に浮かびはじめ、役立たずのからだを吊りあげて天国へとのぼっていきました。ところが、ほどなく役立たずの足は樫の枝に引っかかり、どうしてもはずれなくなってしまいました。それでもロザリオはとまろうとしなかったので、役立たずは首がもげそうになり、とても眠るどころではありませんでした。するとそこへ、鉄砲をかついだ狩人がとおりかかり、ねらいをつけてロザリオを撃ちました。石をつなぎとめていたひもがちぎれると、ロザリオはばらばらになって空へ飛んでいきましたが、役立たずのからだは下に落ち、ようやくまた自由に動けるようになりました。
わけを知った狩人は「あんな数珠を首にかけたところで、天国へはけっして行けないよ。いいかい、もうこんなことをしてはだめだからね」と言いました。そういうわけで役立たずは、また天国へつづく道をさがして歩いていかなければなりませんでした。けれども、首のまわりには蛇が巻きついたような醜いあとがついてしまい、もう二度と消えることがありませんでした。
それから役立たずは、暗い森のそばへたどりつきました。すると向こうから、年老いた醜い小人がやってきて「ごきげんよう、お嬢さん」とあいさつをしました。
そこで役立たずは「ありがとう、小人さん。でもあたし、ごきげんになんてなれっこないわ」と答えました。「だって、神さまがあたしをおつくりになったせいで、家族がたいへんな思いをしなければならないんですもの」。
「それで、これからどうするつもりだね」。
「神さまをたずねて、みもとに置いてもらえないか聞いてみるつもりよ。でも困ったわ、どうしたら天国へ行けるのかわからないの」。
それを聞いた小人は「なんだい、そんなことも知らないのかね」と笑いました。そして近くに建っていた赤い煙突のある小屋を指さすと「だったら教えてやろう。あの炭焼き小屋は煙突がつまってるんだがね、なかへ入って窓と戸をしっかりしめたら、かまどの炭に火をつけて、あとはただ眠っているだけでいい。目がさめたときには、ちゃんと天国についてるだろうさ」と言いました。
役立たずはおおよろこびでお礼を言うと、小人に別れを告げました。そしてさっそく小屋に入ると、しっかりと戸じまりをして炭焼きをはじめました。すると小屋じゅうに煙がたちこめて、あっというまになにも見えなくなりました。役立たずは床によこたわりましたが、息をするたびに煙を吸ってむせるので、とても眠るどころではありませんでした。するとそこへ、斧をかついだ木こりがとおりかかり、小屋の戸をこわしてなかへ入りました。そしてかまどに砂をかけたので、ようやくあたりの煙が晴れ、役立たずもまたむせずにすむようになりました。
わけを知った木こりは「こんな小屋で炭を焼いたところで、天国へはけっして行けないよ。いいかい、もうこんなことをしてはだめだからね」と言いました。そういうわけで役立たずは、また天国へつづく道をさがして歩いていかなければなりませんでした。けれども、あんまりたくさん煙を吸いこんだせいで、もう口をひらいても醜くしわがれた声しか出てきませんでした。
それから役立たずは、澄んだ泉のほとりへたどりつきました。すると向こうから、年老いた醜い小人がやってきて「ごきげんよう、お嬢さん」とあいさつをしました。
そこで役立たずは「ありがとう、小人さん。でもあたし、ごきげんになんてなれっこないわ」と答えました。「だって、神さまがあたしをおつくりになったせいで、家族がたいへんな思いをしなければならないんですもの」。
「それで、これからどうするつもりだね」。
「神さまをたずねて、みもとに置いてもらえないか聞いてみるつもりよ。でも困ったわ、どうしたら天国へ行けるのかわからないの」。
それを聞いた小人は「なんだい、そんなことも知らないのかね」と笑いました。そして銅でできた赤い杯を取りだすと「だったらこの杯をやろう。これいっぱいに自分の血を満たしたら、あとはただ眠っているだけでいい。目がさめたときには、ちゃんと天国についてるだろうさ」と言いました。
役立たずがおおよろこびでお礼を言うと、小人は杯を渡して去っていきました。そこで役立たずは、さっそくナイフで手首を切ると、そのなかに血をそそぎいれました。ところがいくら待ってみても、杯はちっともいっぱいにならず、それどころか入ってくるものをどんどん吸いこんでいるみたいでした。役立たずはなんども深く切りなおして、さらにたくさんの血を流してみましたが、とうとう手首を切り落としてしまっても、杯が満ちることはありませんでした。そのうち役立たずのからだはしびれはじめ、くずれるようにその場へよこたわりましたが、ひどく手足がふるえて少しもじっとしていないので、とても眠るどころではありませんでした。するとそこへ、お酒を売り歩いている商人がとおりかかり、持っていた赤ワインを役立たずに飲ませました。やがてびんがすっかりからっぽになると、ようやくからだのしびれが取れ、役立たずはまた起きあがれるようになりました。
わけを知った商人は「こんな杯に血を満たしたところで、天国へはけっして行けないよ。いいかい、もうこんなことをしてはだめだからね」と言いました。そういうわけで役立たずは、また天国へつづく道をさがして歩いていかなければなりませんでした。けれども、切り落とした手首はどこかへなくなってしまい、もうもとには戻りませんでした。
それから役立たずは、切りたった崖の上へたどりつきました。すると向こうから、年老いた醜い小人がやってきて「ごきげんよう、お嬢さん」とあいさつをしました。
そこで役立たずは「ありがとう、小人さん。でもあたし、ごきげんになんてなれっこないわ」と答えました。「だって、神さまがあたしをおつくりになったせいで、家族がたいへんな思いをしなければならないんですもの」。
「それで、これからどうするつもりだね」。
「神さまをたずねて、みもとに置いてもらえないか聞いてみるつもりよ。でも困ったわ、どうしたら天国へ行けるのかわからないの」。
それを聞いた小人は「なんだい、そんなことも知らないのかね」と笑いました。そして赤い土の色をした崖の下を指さすと「だったら教えてやろう。ここからじゃ遠すぎて見えないがね、天国はこの下にあるんだよ。もうひとつ足を踏みだしさえすれば、あとはただ眠っているだけでいい。目がさめたときには、ちゃんと天国についてるだろうさ」と言いました。
役立たずはおおよろこびでお礼を言うと、小人に別れを告げました。そしてさっそく崖のふちに立つと、言われたとおりに足を踏みだしました。すると、役立たずのからだはまっさかさまに落ちていきましたが、崖からはり出した岩にあちこちでぶつかるので、とても眠るどころではありませんでした。そうして落ちていくと、やがて下のけしきが見えてきましたが、ただの地面のほかにはなにもありませんでした。役立たずはあっというまにそこまでたどりつき、はじけてばらばらになってしまいました。するとそこへ、遍歴職人の仕立て屋がとおりかかり、あちこちに散らばっている役立たずの切れはしを拾いあつめました。そして針と糸とで縫いあわせたので、役立たずのからだはまたもとの姿に戻りました。
わけを知った仕立て屋は「こんな崖の上から落ちたところで、天国へはけっして行けないよ。いいかい、もうこんなことをしてはだめだからね」と言いました。そういうわけで役立たずは、また天国へつづく道をさがして歩いていかなければなりませんでした。けれども、仕立て屋がちょうど赤い糸しか持っていなかったので、醜い縫いあとがからだじゅうに残ってしまいました。
それから役立たずは、けわしい雪山のふもとへたどりつきました。すると向こうから、年老いた醜い小人がやってきて「ごきげんよう、お嬢さん」とあいさつをしました。
そこで役立たずは「ありがとう、小人さん。でもあたし、ごきげんになんてなれっこないわ」と答えました。「だって、神さまがあたしをおつくりになったせいで、家族がたいへんな思いをしなければならないんですもの」。
「それで、これからどうするつもりだね」。
「神さまをたずねて、みもとに置いてもらえないか聞いてみるつもりよ。でも困ったわ、どうしたら天国へ行けるのかわからないの」。
それを聞いた小人は「なんだい、そんなことも知らないのかね」と笑いました。そして赤い夕日がしずもうとしている山のいただきを指さすと「だったら教えてやろう。ここからじゃ遠すぎて見えないがね、天国はこの上にあるんだよ。もしのぼるのに疲れたら、あとはただ眠っているだけでいい。目がさめたときには、ちゃんと天国についてるだろうさ」と言いました。
役立たずはおおよろこびでお礼を言うと、小人に別れを告げました。そしてさっそく山道に入ると、頂上をめざしてのぼりはじめました。ところがしばらくすると、あたりはすっかり雪にとざされ、どこが道だかわからなくなりました。そういうわけで、役立たずはいつしかこおった湖の上へと迷いこみ、雪の下に隠れていた氷の裂けめを、そうとは知らずに踏み抜いてしまいました。まわりの氷がとてもあつかったので、裂けめが広がることはありませんでしたが、踏み抜いた片足はひざまでそのなかにはさまり、どうやっても抜けなくなりました。やがて役立たずのからだはこごえはじめ、くずれるようにその場へよこたわりましたが、固い氷がひどく足をしめつけるので、とても眠るどころではありませんでした。するとそこへ、巡礼の旅人がとおりかかり、役立たずを引っぱりあげて近くの山小屋へ運んでいきました。そして暖炉に火をおこしてあたためたので、役立たずの手足はまた動くようになりました。けれども、湖のなかにつかっていた片足だけはすっかりこおりついていて、炎にかざそうと動かしたはずみに、くだけてこなごなになってしまいました。
わけを知った旅人は「こんな山をのぼったところで、天国へはけっして行けないよ。いいかい、もうこんなことをしてはだめだからね」と言いました。そういうわけで役立たずは、また天国へつづく道をさがして歩いていかなければなりませんでした。けれども、くだけてしまった片足はもうもとには戻りませんでした。
それから役立たずは、深い谷へたどりつきました。すると向こうから、年老いた醜い小人がやってきて「ごきげんよう、お嬢さん」とあいさつをしました。
そこで役立たずは「ありがとう、小人さん。でもあたし、ごきげんになんてなれっこないわ」と答えました。「だって、神さまがあたしをおつくりになったせいで、家族がたいへんな思いをしなければならないんですもの」。
「それで、これからどうするつもりだね」。
「神さまをたずねて、みもとに置いてもらえないか聞いてみるつもりよ。でも困ったわ、どうしたら天国へ行けるのかわからないの」。
それを聞いた小人は「なんだい、そんなことも知らないのかね」と笑いました。「だったら教えてやるがね、なにもしなくていいんだよ。ただ食べものも飲みものも口にしないだけで、あとは眠くなるまでじっと待てばいい。しばらく時間はかかるかもしれんが、目がさめたときにはちゃんと天国についてるだろうさ」。
役立たずは「よかった、それなら失敗のしようがない」と考えて、おおよろこびでお礼をいいました。そして小人と別れると、赤いコケにおおわれた洞窟の入り口をくぐり、奥まで行って身をよこたえました。そうして長いこと待っていると、ついにまぶたが重くなり、役立たずは深い眠りにつきました。ところが、ずっとなにも口にしていなかったせいで、寝ている役立たずのおなかはぐうぐうと大きな音で鳴っていました。するとそこへ、仕事に向かうとちゅうの羊飼いがとおりかかり、なんの音かと思って洞窟へ入ってきました。そして眠っている役立たずを見つけると、連れていた羊のお乳をしぼってきて、その口のなかへ流しこみました。役立たずのおなかがいっぱいになって鳴りやむと、羊飼いはまた自分の仕事へ戻っていきました。
やがて役立たずは目をさましましたが、あたりがまっ暗なので「ここはまだ天国じゃないらしい。もうひと眠りしてみよう」と考えて、もういちどまぶたが重くなるのをじっと待ちました。けれども、それから役立たずが眠りに落ちるたびに、おなかの鳴る音を聞きつけて、あの羊飼いがお乳を飲ませに来るのでした。そういうわけで役立たずは、いつまでたっても天国へは行けず、あいかわらず洞窟のなかでよこたわっているばかりでした。
そのうち役立たずは、とうとうしんぼうができなくなりました。そして「あたしはどこまでだめな子なんだろう、こんな簡単なこともできないなんて」と言うと、神さまをたずねるのはあきらめて、このまま洞窟をあとにするよりほかありませんでした。けれども、あんまり長いあいだごつごつとした岩の上に寝ていたせいで、背中や頭の皮がすっかりむけてしまい、髪の毛も抜けて二度と生えてきませんでした。
それから役立たずは、大きな街へやってきました。そこで、あたりの家々をたずねては「どうかここに置いてください、どんな仕事でもしますから」と頼んでみたのですが、どこにもやとってくれるところはありませんでした。その醜い首のあざや、しわがれた声に気がつくや、誰もが首を横に振り、
「気の毒だけど、うちには置いてやれないよ。どこかよそをさがしてごらん」と答えるのです。それからわずかばかりのパンを手渡すと「神さまがお守りくださいますように」と言って、戸をしめてしまうのでした。
そうして街じゅうをまわり歩いているうちに、役立たずはすっかりおなかがすいてしまいました。そこで、あちこちの救貧院をたずねては「どうかミルクをわけてください。ほんの少しでかまいませんから」と頼んでみたのですが、どこにもわけてくれるところはありませんでした。そのなくしてしまった片手や、からだじゅうの醜い縫いあとに気がつくや、誰もが首を横に振り、
「気の毒だけど、うちではわけてやれないよ。どこかよそをさがしてごらん」と答えるのです。それから役立たずに向かって十字を切ると「神さまがおゆるしくださいますように」と言って、門をしめてしまうのでした。
そうして街じゅうをまわり歩いているうちに、すっかり日が暮れて暗くなってしまいました。そこで役立たずは、街かどで施しをもらって暮らしている人たちを見つけては、もらったパンをふるまいながら「どうかひと晩泊めてください、どんなところでもかまいませんから」と頼んでみたのですが、どこにも泊めてくれるところはありませんでした。そのなくしてしまった片足や、皮がむけた髪のない頭に気がつくや、誰もが首を横に振り、
「気の毒だけど、うちには泊めてやれないよ。どこかよそをさがしてごらん」と答えるのです。それからパンをふところへしまうと「神さまの祝福がありますように」と言って、足早に去っていってしまうのでした。そういうわけで役立たずは、このまま街を出ていくよりほかありませんでした。
それから役立たずは、小高い丘の上へたどりつきました。そこには一軒の家が建っていて、年老いた醜い魔女がひとりで住んでいました。家の裏へまわってみると、魔女は「いそがしい、いそがしい」とぶつくさ言いながら、家畜の群れを追いたてているところでした。
それを見て、役立たずは「どうかお手伝いさせてください」と言いました。「お願いです、おばあさん。あたし、どこにも行くところがないんです。食べるものと寝るところさえあったら、ほかにはなにもいりません」。
すると魔女は「そんなに言うなら働かせてやるけどね」と言いました。「ただし、なまけたりしたらしょうちしないよ。そのときは豚にでも変えてやるから覚悟するんだね」。
こうして役立たずは、魔女の家で家畜番をすることになりました。もちろん、役立たずのすることはあいかわらず失敗ばかりでしたが、それでも魔女は横から指図をするだけで、けして手をかそうとはしませんでした。そしてどれだけ時間がかかろうと、言いつけた仕事がすっかりかたづくまで、役立たずをゆるしてやることはありませんでした。うっかり小屋の鍵をかけ忘れたせいで、家畜たちがみんな逃げだしてしまったときも、このできの悪い家畜番はたったひとりで、夜どおしあたりをさがしてまわらなければなりませんでした。
そうして暮らすうちに七年が過ぎました。その日の朝、いつまでたっても魔女が出てこないので、役立たずは部屋へ呼びに行きました。すると年老いた魔女は、まだベッドによこたわったままでした。そして、やってきた家畜番の顔を見ると「いままでよく言うことを聞いて、しっかりと働いてくれたね。だけど、それも今日でおわりだよ」と言いました。「どうやら、わたしはもう死ぬときが来たようだからね」。
それを聞いた役立たずはびっくりして「そんなのいやよ、おばあさん」と叫びました。「お願いだから、あたしを置いていかないで」。
けれども、魔女は首を横に振り「こればっかりは、わたしにもどうしようもないんだよ」と言いました。「でもね、ちっとも心配することはないよ。おまえはもう、家畜番なら誰よりじょうずにできるんだからね。ひとりでもちゃんとやっていけるよ」。
「それでも、おばあさんがいなかったらあたし、どうしたらいいかわからないわ」。
「それじゃこうしよう。もしどうしても困ったときは、わたしの妹をたずねてごらん。この家の前の道を、まっすぐ行ったところに住んでるからね。さあほら、そんなことより、もっと近くへ来なさい。これまでのお礼に、おまえにあげるものがあるんだからね」。
そう言って魔女が手を触れると、役立たずのおなかのやけどはすっかりなおって、またなんでも食べられるようになりました。それから、この人は目をとじて息を引きとりました。役立たずは泣きながら魔女を埋めると、家をあとにしてまっすぐ歩いていきました。
それから役立たずは、一本の大きな樫の木の下へたどりつきました。そこには一軒の家が建っていて、年老いた醜い魔女がひとりで住んでいました。窓のなかをのぞいてみると、魔女は「いそがしい、いそがしい」とぶつくさ言いながら、家じゅうをホウキで掃いているところでした。
それを見て、役立たずは「どうかお手伝いさせてください」と言いました。「お願いです、おばあさん。あたし、どこにも行くところがないんです。食べるものと寝るところさえあったら、ほかにはなにもいりません」。
すると魔女は「そんなに言うなら働かせてやるけどね」と言いました。「ただし、なまけたりしたらしょうちしないよ。そのときは雑巾にでも変えてやるから覚悟するんだね」。
こうして役立たずは、魔女の家で掃除係りをすることになりました。もちろん、役立たずのすることはあいかわらず失敗ばかりでしたが、それでも魔女は横から指図をするだけで、けして手をかそうとはしませんでした。そしてどれだけ時間がかかろうと、言いつけた仕事がすっかりかたづくまで、役立たずをゆるしてやることはありませんでした。一日かけてぴかぴかにみがきあげた床の上へ、うっかり汚れた桶の水をぶちまけてしまったときも、このできの悪い掃除係りはたったひとりで、またはじめからきれいにしなおさなければなりませんでした。
そうして暮らすうちに七年が過ぎました。その日の朝、いつまでたっても魔女が出てこないので、役立たずは部屋へ呼びに行きました。すると年老いた魔女は、まだベッドによこたわったままでした。そして、やってきた掃除係りの顔を見ると「いままでよく言うことを聞いて、しっかりと働いてくれたね。だけど、それも今日でおわりだよ」と言いました。「どうやら、わたしはもう死ぬときが来たようだからね」。
それを聞いた役立たずはびっくりして「そんなのいやよ、おばあさん」と叫びました。「お願いだから、あたしを置いていかないで」。
けれども、魔女は首を横に振り「こればっかりは、わたしにもどうしようもないんだよ」と言いました。「でもね、ちっとも心配することはないよ。おまえはもう、掃除なら誰よりじょうずにできるんだからね。ひとりでもちゃんとやっていけるよ」。
「それでも、おばあさんがいなかったらあたし、どうしたらいいかわからないわ」。
「それじゃこうしよう。もしどうしても困ったときは、わたしの妹をたずねてごらん。この家の前の道を、まっすぐ行ったところに住んでるからね。さあほら、そんなことより、もっと近くへ来なさい。これまでのお礼に、おまえにあげるものがあるんだからね」。
そう言って魔女が手を触れると、役立たずの首についていた醜いあざはすっかり消えて、またきれいな肌に戻りました。それから、この人は目をとじて息を引きとりました。役立たずは泣きながら魔女を埋めると、家をあとにしてまっすぐ歩いていきました。
それから役立たずは、暗い森のそばへたどりつきました。そこには一軒の家が建っていて、年老いた醜い魔女がひとりで住んでいました。窓のなかをのぞいてみると、魔女は「いそがしい、いそがしい」とぶつくさ言いながら、山のような麻をつむいでいるところでした。
それを見て、役立たずは「どうかお手伝いさせてください」と言いました。「お願いです、おばあさん。あたし、どこにも行くところがないんです。食べるものと寝るところさえあったら、ほかにはなにもいりません」。
すると魔女は「そんなに言うなら働かせてやるけどね」と言いました。「ただし、なまけたりしたらしょうちしないよ。そのときは紡錘にでも変えてやるから覚悟するんだね」。
こうして役立たずは、魔女の家で糸つむぎをすることになりました。もちろん、役立たずのすることはあいかわらず失敗ばかりでしたが、それでも魔女は横から指図をするだけで、けして手をかそうとはしませんでした。そしてどれだけ時間がかかろうと、言いつけた仕事がすっかりかたづくまで、役立たずをゆるしてやることはありませんでした。指の皮が裂けるまでつむぎつづけた糸を、うっかりさわって血だらけにしてしまったときも、このできの悪い糸つむぎはたったひとりで、また同じだけの麻をつむぎなおさなければなりませんでした。
そうして暮らすうちに七年が過ぎました。その日の朝、いつまでたっても魔女が出てこないので、役立たずは部屋へ呼びに行きました。すると年老いた魔女は、まだベッドによこたわったままでした。そして、やってきた糸つむぎの顔を見ると「いままでよく言うことを聞いて、しっかりと働いてくれたね。だけど、それも今日でおわりだよ」と言いました。「どうやら、わたしはもう死ぬときが来たようだからね」。
それを聞いた役立たずはびっくりして「そんなのいやよ、おばあさん」と叫びました。「お願いだから、あたしを置いていかないで」。
けれども、魔女は首を横に振り「こればっかりは、わたしにもどうしようもないんだよ」と言いました。「でもね、ちっとも心配することはないよ。おまえはもう、糸つむぎなら誰よりじょうずにできるんだからね。ひとりでもちゃんとやっていけるよ」。
「それでも、おばあさんがいなかったらあたし、どうしたらいいかわからないわ」。
「それじゃこうしよう。もしどうしても困ったときは、わたしの妹をたずねてごらん。この家の前の道を、まっすぐ行ったところに住んでるからね。さあほら、そんなことより、もっと近くへ来なさい。これまでのお礼に、おまえにあげるものがあるんだからね」。
そう言って魔女が手を触れると、役立たずのしわがれたのどはすっかりなおって、またきれいな声が出せるようになりました。それから、この人は目をとじて息を引きとりました。役立たずは泣きながら魔女を埋めると、家をあとにしてまっすぐ歩いていきました。
それから役立たずは、澄んだ泉のほとりへたどりつきました。そこには一軒の家が建っていて、年老いた醜い魔女がひとりで住んでいました。家の裏へまわってみると、魔女は「いそがしい、いそがしい」とぶつくさ言いながら、山のような洗濯物を干しているところでした。
それを見て、役立たずは「どうかお手伝いさせてください」と言いました。「お願いです、おばあさん。あたし、どこにも行くところがないんです。食べるものと寝るところさえあったら、ほかにはなにもいりません」。
すると魔女は「そんなに言うなら働かせてやるけどね」と言いました。「ただし、なまけたりしたらしょうちしないよ。そのときは物干しざおにでも変えてやるから覚悟するんだね」。
こうして役立たずは、魔女の家で洗濯係りをすることになりました。もちろん、役立たずのすることはあいかわらず失敗ばかりでしたが、それでも魔女は横から指図をするだけで、けして手をかそうとはしませんでした。そしてどれだけ時間がかかろうと、言いつけた仕事がすっかりかたづくまで、役立たずをゆるしてやることはありませんでした。しみひとつ残さずきれいにした洗濯ものを、干したままうっかりいねむりをしていて雨と風に飛ばされてしまったときも、このできの悪い洗濯係りはたったひとりで、ついた泥を落としてまた洗いなおさなければなりませんでした。
そうして暮らすうちに七年が過ぎました。その日の朝、いつまでたっても魔女が出てこないので、役立たずは部屋へ呼びに行きました。すると年老いた魔女は、まだベッドによこたわったままでした。そして、やってきた洗濯係りの顔を見ると「いままでよく言うことを聞いて、しっかりと働いてくれたね。だけど、それも今日でおわりだよ」と言いました。「どうやら、わたしはもう死ぬときが来たようだからね」。
それを聞いた役立たずはびっくりして「そんなのいやよ、おばあさん」と叫びました。「お願いだから、あたしを置いていかないで」。
けれども、魔女は首を横に振り「こればっかりは、わたしにもどうしようもないんだよ」と言いました。「でもね、ちっとも心配することはないよ。おまえはもう、洗濯なら誰よりじょうずにできるんだからね。ひとりでもちゃんとやっていけるよ」。
「それでも、おばあさんがいなかったらあたし、どうしたらいいかわからないわ」。
「それじゃこうしよう。もしどうしても困ったときは、わたしの妹をたずねてごらん。この家の前の道を、まっすぐ行ったところに住んでるからね。さあほら、そんなことより、もっと近くへ来なさい。これまでのお礼に、おまえにあげるものがあるんだからね」。
そう言って魔女が手を触れると、役立たずのなくした手首が生えてきて、またもとどおりになりました。それから、この人は目をとじて息を引きとりました。役立たずは泣きながら魔女を埋めると、家をあとにしてまっすぐ歩いていきました。
それから役立たずは、切りたった崖の上へたどりつきました。そこには一軒の家が建っていて、年老いた醜い魔女がひとりで住んでいました。窓のなかをのぞいてみると、魔女は「いそがしい、いそがしい」とぶつくさ言いながら、山のような布を縫っているところでした。
それを見て、役立たずは「どうかお手伝いさせてください」と言いました。「お願いです、おばあさん。あたし、どこにも行くところがないんです。食べるものと寝るところさえあったら、ほかにはなにもいりません」。
すると魔女は「そんなに言うなら働かせてやるけどね」と言いました。「ただし、なまけたりしたらしょうちしないよ。そのときは待ち針にでも変えてやるから覚悟するんだね」。
こうして役立たずは、魔女の家でお針子をすることになりました。もちろん、役立たずのすることはあいかわらず失敗ばかりでしたが、それでも魔女は横から指図をするだけで、けして手をかそうとはしませんでした。そしてどれだけ時間がかかろうと、言いつけた仕事がすっかりかたづくまで、役立たずをゆるしてやることはありませんでした。ドレスの胸もとにようやくしあげた刺しゅうの糸で、うっかり背中側の布地まで縫いあわせてしまったときも、このできの悪いお針子はたったひとりで、また糸をほどいてはじめからやりなおさなければなりませんでした。
そうして暮らすうちに七年が過ぎました。その日の朝、いつまでたっても魔女が出てこないので、役立たずは部屋へ呼びに行きました。すると年老いた魔女は、まだベッドによこたわったままでした。そして、やってきたお針子の顔を見ると「いままでよく言うことを聞いて、しっかりと働いてくれたね。だけど、それも今日でおわりだよ」と言いました。「どうやら、わたしはもう死ぬときが来たようだからね」。
それを聞いた役立たずはびっくりして「そんなのいやよ、おばあさん」と叫びました。「お願いだから、あたしを置いていかないで」。
けれども、魔女は首を横に振り「こればっかりは、わたしにもどうしようもないんだよ」と言いました。「でもね、ちっとも心配することはないよ。おまえはもう、裁縫なら誰よりじょうずにできるんだからね。ひとりでもちゃんとやっていけるよ」。
「それでも、おばあさんがいなかったらあたし、どうしたらいいかわからないわ」。
「それじゃこうしよう。もしどうしても困ったときは、わたしの妹をたずねてごらん。この家の前の道を、まっすぐ行ったところに住んでるからね。さあほら、そんなことより、もっと近くへ来なさい。これまでのお礼に、おまえにあげるものがあるんだからね」。
そう言って魔女が手を触れると、役立たずのからだについていた醜い縫いあとはすっかり消えて、またきれいな姿に戻りました。それから、この人は目をとじて息を引きとりました。役立たずは泣きながら魔女を埋めると、家をあとにしてまっすぐ歩いていきました。
それから役立たずは、けわしい雪山のふもとへたどりつきました。そこには一軒の家が建っていて、年老いた醜い魔女がひとりで住んでいました。窓のなかをのぞいてみると、魔女は「いそがしい、いそがしい」とぶつくさ言いながら、山のようなパン生地をこねているところでした。
それを見て、役立たずは「どうかお手伝いさせてください」と言いました。「お願いです、おばあさん。あたし、どこにも行くところがないんです。食べるものと寝るところさえあったら、ほかにはなにもいりません」。
すると魔女は「そんなに言うなら働かせてやるけどね」と言いました。「ただし、なまけたりしたらしょうちしないよ。そのときはまな板にでも変えてやるから覚悟するんだね」。
こうして役立たずは、魔女の家で料理番をすることになりました。もちろん、役立たずのすることはあいかわらず失敗ばかりでしたが、それでも魔女は横から指図をするだけで、けして手をかそうとはしませんでした。そしてどれだけ時間がかかろうと、言いつけた仕事がすっかりかたづくまで、役立たずをゆるしてやることはありませんでした。魔女たちのお茶会に出す焼き菓子を、うっかりかまどに入れたままで黒こげにしてしまったときも、このできの悪い料理番はたったひとりで、うるさがたのお客さんたちになじられながらあわててつくりなおさなければなりませんでした。
そうして暮らすうちに七年が過ぎました。その日の朝、いつまでたっても魔女が出てこないので、役立たずは部屋へ呼びに行きました。すると年老いた魔女は、まだベッドによこたわったままでした。そして、やってきた料理番の顔を見ると「いままでよく言うことを聞いて、しっかりと働いてくれたね。だけど、それも今日でおわりだよ」と言いました。「どうやら、わたしはもう死ぬときが来たようだからね」。
それを聞いた役立たずはびっくりして「そんなのいやよ、おばあさん」と叫びました。「お願いだから、あたしを置いていかないで」。
けれども、魔女は首を横に振り「こればっかりは、わたしにもどうしようもないんだよ」と言いました。「でもね、ちっとも心配することはないよ。おまえはもう、料理なら誰よりじょうずにできるんだからね。ひとりでもちゃんとやっていけるよ」。
「それでも、おばあさんがいなかったらあたし、どうしたらいいかわからないわ」。
「それじゃこうしよう。もしどうしても困ったときは、わたしの妹をたずねてごらん。この家の前の道を、まっすぐ行ったところに住んでるからね。さあほら、そんなことより、もっと近くへ来なさい。これまでのお礼に、おまえにあげるものがあるんだからね」。
そう言って魔女が手を触れると、役立たずのなくした足が生えてきて、またもとどおりになりました。それから、この人は目をとじて息を引きとりました。役立たずは泣きながら魔女を埋めると、家をあとにしてまっすぐ歩いていきました。
それから役立たずは、深い谷へたどりつきました。そこには一軒の家が建っていて、年老いた醜い魔女が、おおぜいのみなしごといっしょに住んでいました。窓のなかをのぞいてみると、魔女は「いそがしい、いそがしい」とぶつくさ言いながら、ひとりで幼い子どもたちみんなの世話をしているところでした。
それを見て、役立たずは「どうかお手伝いさせてください」と言いました。「お願いです、おばあさん。あたし、どこにも行くところがないんです。食べるものと寝るところさえあったら、ほかにはなにもいりません」。
すると魔女は「そんなに言うなら働かせてやるけどね」と言いました。「ただし、なまけたりしたらしょうちしないよ。そのときはおしめにでも変えてやるから覚悟するんだね」。
こうして役立たずは、魔女の家で子守りをすることになりました。もちろん、役立たずのすることはあいかわらず失敗ばかりでしたが、それでも魔女は横から指図をするだけで、けして手をかそうとはしませんでした。そしてどれだけ時間がかかろうと、言いつけた仕事がすっかりかたづくまで、役立たずをゆるしてやることはありませんでした。うっかりきげんをそこねるたびに、子どもたちはこのできの悪い子守りの言うことをちっとも聞かなくなりましたが、いくら仲なおりをしようとためしてみても、前と同じやりかたでは二度とうまくいかないのでした。
そうして暮らすうちに七年が過ぎ、子どもたちもすっかり大きくなりました。その日の朝、いつまでたっても魔女が出てこないので、役立たずは部屋へ呼びに行きました。すると年老いた魔女は、まだベッドによこたわったままでした。そして、やってきた子守りの顔を見ると「いままでよく言うことを聞いて、しっかりと働いてくれたね。だけど、それも今日でおわりだよ」と言いました。「どうやら、わたしはもう死ぬときが来たようだからね」。
それを聞いた役立たずはびっくりして「そんなのいやよ、おばあさん」と叫びました。「お願いだから、あたしを置いていかないで」。
けれども、魔女は首を横に振り「こればっかりは、わたしにもどうしようもないんだよ」と言いました。「でもね、ちっとも心配することはないよ。おまえはもう、子守りなら誰よりじょうずにできるんだからね。ひとりでもちゃんとやっていけるよ」。
「それでも、おばあさんがいなかったらあたし、どうしたらいいかわからないわ」。
「それじゃこうしよう。わたしが死んだら、子どもたちを連れて街へ行きなさい。この家の前の道を、まっすぐ行ったところにあるからね。それから、あの子たちが街で暮らせるように、市長に会って頼むんだよ。この鍵を持っていけば、きっとうまくいくからね。そのあとおまえがどうすればいいのかも、行ってみればちゃんとわかるよ。でもね、まずはその前に、ちょっとこっちへ来なさい。これまでのお礼に、おまえにあげるものがあるんだからね」。
そう言って魔女が手を触れると、役立たずの背中や頭の皮がすっかりもとどおりになって、長い髪もまた生えそろいました。それから、この人は目をとじて息を引きとりました。役立たずは泣きながら魔女を埋めると、子どもたちと家を出てまっすぐに歩いていきました。
やがて役立たずたちは、大きな街へたどりつきました。ところが、あんまりおおぜいの子どもがやってくるのを見て、あやしんだ門番はなかへ入れてくれませんでした。ちょうどそこへ、この街の市長がとおりかかって「いったいなんの騒ぎだね」とたずねました。そこで役立たずは、
「この子たちはみなしごで、いままで育ててくれた人も死んでしまいました。どうかこの街に住まわせてやってください。みんな心が清らかで、天使のような子ばかりなんです」と言いました。
すると市長は「それはお気の毒に」と言いました。「しかし、これほどの数の子どもを受けいれるとなると、すぐにというわけにはいかないのだよ。まず市参事会に提議して、問題がないか検討するきまりになっている。たいへん残念だが、今日のところはお引きとりを願いましょう」。
けれども、役立たずはあきらめないで言いました。「待ってください、市長さん。あなたに渡すものがあるんです」。そして、魔女からもらった鍵を取りだすと「この鍵で、とざされている門をこの子たちのためにあけてやることはできないでしょうか」とたずねました。
すると市長はおどろいて「それは、私が母に贈ったものだ」と言いました。「いったいなぜ、あなたが持っているのですか」。
そこで役立たずは、これまであったことを残らず話して聞かせました。わけを知ると、市長は役立たずの手を取って「なんとお礼を申せばよいのでしょう」と言いました。「それではあなたが、私の母や伯母たちを看取ってくれたのですね。わかりました、子どもたちのことは私がなんとかしましょう。どうぞこちらへおいでください」。
それから市長は、門番に命じて役立たずたちをなかへとおさせると、街でいちばん大きなお屋敷の前へと連れていきました。「あなたが持ってきたのは、この屋敷の鍵なのです」と市長は言いました。「母のためにと用意したのですが、気に入ってはもらえなかったようで、いまも空き家のままになっています。よろしければ、死んでしまった母のかわりにあなたがたでお使いください。みんないっしょに住んだとしても、これだけ広ければきゅうくつではないでしょう」。
こうして役立たずは、連れてきたみなしごたちとそこで暮らすことになりました。この人はいまや、どんなことでもじょうずにできるようになっていましたが、子どもたちがみんなかわりにやってくれるので、もうなにもしなくてよいのでした。そしてまわりの人びとから大切にされながら、なにひとつ不自由のない満ちたりた日々を送り、そのあとの人生を、お日さまの下で暮らす誰よりしあわせに過ごしたということです。ところで、この人が年を取って死んだあと、ほんとうに天国へ行けたかどうかは、神さまだけがごぞんじです。
著者:結社異譚語り | |||
2008年 | 11月 | 30日 | ページ公開 |
2011年 | 9月 | 4日 | 最終更新 |