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異譚メルヘン第四話呪いをかけられた王子さま


いけにえの子が生き返ってから千年を数えない時代のことです大きな森のすぐ目の前に貧しい木こりが住んでいましたこの人はとてもじょうぶで生まれてこのかた病気というものをしたことがありませんでしたがある冬のさなか急にひどい熱を出して倒れてしまいましたそして寝こんだきりちっとも目をさまさずまるでそのまま死んでしまいそうに見えたので木こりのおかみさんはいてもたってもいられずに熱さましの薬草を採りに森へ出かけていきましたところがあたりはすっかり白い雪におおわれていて緑の草なんてどこにも見あたりませんでした。

そうしてあちこちさがしまわるうちにおかみさんはしだいに森の奥へと入りこみいつのまにかすっかり見知らぬところまでやってきていましたするとそこへ雪のように白いきれいな小鳥が飛んできて近くの木にとまって歌いはじめましたその鳴き声があんまり美しかったのでおかみさんはおもわず足をとめ耳を澄ませて聞き入らないではいられませんでしたひとしきり歌いおえると小鳥は枝から舞いおりてきておかみさんの目の前を飛んでいきましたあとについて歩いていくと森のなかにりっぱなお城が建っていて小鳥は高い塔のてっぺんにとまりましたそのお城のまわりには少しも雪がつもっておらずあおあおとした草花がいちめんにしげっていてまるで春のさかりのようでしたとりわけお城の裏手にある広場にはあらゆる種類の薬草がところせましと生えていてそのなかには熱さましになるハーブもたくさん見つかりましたおかみさんはたいそうよろこんで必要なだけかごにつみ取るといそいで来た道を帰っていきましたけれども歩きはじめてそれほどたたないうちにこの人はいつのまにかさっき薬草をつんだ広場へと戻ってきてしまいましたそしていくら家へ帰ろうとしてみても最後にはやっぱりこのお城にたどりつくばかりでどうしてもそこを離れることができないのでした。

そんなわけでおかみさんがひとりで途方に暮れているとふいに城壁の通用口の戸がひらきなかから熊の毛皮をかぶった男が姿をあらわしましたよそものの顔を目にするとこの男はひどくふきげんな声で王さまの庭で盗みを働いたやつは二度とこの森を出られないぞ!と言いましたおかみさんはこわくなって、

どうか見のがしてください夫が重い病気でどうしてもこの薬草が必要だったんですと言いましたすると熊の毛皮男は、

おまえさんが森を出る方法はひとつしかない娘のうちどれかひとりをおれによこすと約束することだそうすれば帰りの道を教えてやるし薬草もそのままくれてやろうと言いました。

その言葉を耳にしておかみさんはひどく悲しみました大切に育ててきたかわいい娘をこんな野蛮な男にゆだねるだなんてかわいそうでならなかったのですけれども最後には木こりがこのまま助からなかったとしたらあの子たちだってやっぱりみんな飢え死にしなければならないのだからと考えてしかたなく男に娘をひとりあげると約束しました。

すると熊の毛皮男このが見えなくなるまで目を離さずに来た道を後ろ向きで歩いていけばいいそうすればすぐに森から出られるだろうと言いましたそれから雪が解けたころ娘を迎えに行くぞと告げるとさっさとどこかへいなくなってしまいました。

そこでおかみさんは男から言われたとおりにお城のほうを向いたまま森のなかを戻っていきましたすると歩きはじめてそれほどたたないうちにこのお城はたくさんの木々のかげに隠れちっとも見えなくなりました足をとめたおかみさんが後ろを振り返ってみるとそこはもう森のはしで木立ちのあいまから自分の家が見えていましたようやく家に帰りついたおかみさんはいそいでお湯をわかして飲み薬をつくると病気の木こりのところへ持っていきました石のように眠っていた木こりひと口それを含ませると気がついておかみさんの名まえを呼びましたそしてもうひと口でからだを起こし残りをあっというまに飲みほして元気にベッドから立ちあがりましたそのときにはもうこの人の熱はきれいにさがっていていままで寝こんでいたようにはとても見えませんでした。

ところでこの夫婦には娘が三人あったのですがどの子もたいそう美しくおもてを歩けば誰もが振り向いて見ずにはいられませんでしたなかでも末の子がいちばんきれいでその美しさときたらばらの花を千あつめたよりももっと人目を引くほどでしたそんな娘たちの愛くるしい顔を見ているとおかみさんにはどうしても熊の毛皮男との約束を話すことができませんでしたそして毎日ひとりで心を痛めいつしかすっかりふさぎこむようになってしまいましたそのうち木こり奥さんのようすがおかしいことに気づいて心配してわけをたずねましたそこでおかみさんは薬草を採りに森へ行った日のことをなにもかも話して聞かせました。

すると木こりそいつはたしかにあまりろくな男じゃなさそうだだがたとえそうだとしてもいちど約束をしてしまったからにはやっぱり守らないとならないだろうなと言いました。とにかくほかにどうしようもなかったんだいまさら気に病んでもしかたがないさ娘たちにだってなにもほんとうのことを話さなくてもいいだろうその男が迎えに来たらちょっとしたおつかいだとでも言ってどれかひとりを行かせてしまえばすむことだ」それからこの人はわけ知り顔でまあなんにせよ娘なんていずれはもらわれていくもんだ相手が熊だろうと羊だろうと司祭さまだろうとたいしてちがいはないものさとつけくわえそれでおかみさんをなぐさめたつもりになっていました。

ところがちょうどそのとき上のふたりの姉たちは部屋の窓のすぐそとにいて父親と母親の話をみんな聞いていたのでしたこの人たちは顔はきれいで白かったのですが心のなかは醜くまっ黒でしたいまだってうまいこと末の妹を言いくるめめんどうな仕事をみんな押しつけて自分たちは庭でぶらぶらしていたのです。熊の毛皮男のところだなんてまっぴらごめんだわと姉たちは考えました。そんなのはあの子を行かせてやればいいのよ」。

そこでふたりはこの話はあの子には内緒にしておきましょうときめました。そうすればあの子はなんにもわからずに平気でその人さらいについていくわわたしたちはただいつもみたいにうまく立ちまわって貧乏くじを引かされないように気をつけていればいいだけよ」そしてこれで末の妹をやっかいばらいできるかと思うとうれしくてしかたがありませんでしたそれというのもこの姉たちは自分より妹のほうが美しいことをずっとねたんでいていっそどこかへいなくなってしまえばいいのにといつもひそかに願っていたからです。

そうして暮らしているうちに売りものの薪がたくさんたまってきたので木こりは街で商売をしてくることにきめましたおかみさんと下のふたりの娘もいっしょに行って運ぶのを手伝うことになりましたいちばん上の姉だけはそのあいだひとりで留守番をして家の仕事をかたづけているように言いつけられましたやがて家族が出かけてしまうとこの娘は用心のために家の戸にかんぬきをおろし窓もひとつ残らずしめてしまいましたそうしておけば誰も家へ入ることはできないしなかにいる自分の姿も見られずにすむと考えたのです。

さてその日のお昼を過ぎたころのことですが娘が台所でうたた寝をしていると誰かがたずねてきて家の戸をたたきました目をさました娘が戸のすきまからおもてをのぞいてみるとそこに立っていたのは熊の毛皮をかぶった男でした着ている不潔な毛皮といい伸びほうだいの髪やひげにおおわれた顔といいその汚らしさときたらとても同じ人間とは思えないほどでしたそこで娘はできるだけ低い声をつくって戸はしめたまま誰だい?とたずねましたすると相手は、

お宅のおかみさんの知りあいでね約束のものを受け取りに来たのさここをあけてくれんかねと言うのでしたけれども娘はにべもなく、

おふくろなら今日は出かけていて遅くまで戻らないよそれに悪いけど誰が来ても戸をあけるなと言われているんだと答えました。

わざわざたずねて来たってのにそいつはまったく残念だと男は言いました。ところでおまえさんはやっぱりこの家の娘なんだろうね?」

そこで娘は自分のことはあきらめてもらおうと考えてなにを言ってるんだいおれは男だよと答えてやりましたそれを聞いた熊の毛皮男は、

おまえさんが言うんならもちろんそのとおりなんだろうさいつまでもそのままでいるがいいと言いましたするとそのとたんこの娘はほんとうに男の姿になっていて美しかったおもかげもどこにも残っていませんでしたそれでも娘は自分ではそのことがわからずにもといたところへ戻るとまた眠りこんでしまいました。

やがて夕方になると娘の家族が街から帰ってきましたところがこの人たちは家にいたのが美しい姉ではなくむさくるしい見知らぬ男だったのでおどろきのあまり声も出ませんでした木こりはすっかり腹を立てこのずうずうしいよそものをたたきだそうと壁にかかっていた手斧をつかみましたそして相手がなにを言っても耳をかさずちからずくでそとへ追いだしてしまいましたこうしていちばん上の姉は家を離れてひとりで生きていくよりほかなくなりました。

ところでそのころ街では隠れて教会を否定していた異端者たちがおおぜい見つかって次々と裁判にかけられていましたそしてになる人があんまりたくさんいたので火あぶりにするための薪がちっともたりていませんでしたそんなわけで木こりの持っていった品物は飛ぶように売れたいそういいかせぎになりました家へ戻った木こりほかの薪もいまが売りどきだと考えて次の日も街で商売をすることにきめましたおかみさんといちばん下の娘もいっしょに行って運ぶのを手伝うことになりましたまんなかの姉だけはそのあいだひとりで留守番をして家の仕事をかたづけているように言いつけられましたやがて家族が出かけてしまうとこの娘は用心のために家の戸にかんぬきをおろし窓もひとつ残らずしめてしまいましたそうしておけば誰も家へ入ることはできないしなかにいる自分の姿も見られずにすむと考えたのです。

さてその日のお昼を過ぎたころのことですが娘が台所でうたた寝をしていると誰かがたずねてきて家の戸をたたきました目をさました娘が戸のすきまからおもてをのぞいてみるとそこに立っていたのは熊の毛皮をかぶった男でした着ている不潔な毛皮といい伸びほうだいの髪やひげにおおわれた顔といいその汚らしさときたらとても同じ人間とは思えないほどでしたそこで娘はできるだけ低い声をつくって戸はしめたまま誰だい?とたずねましたすると相手は、

お宅のおかみさんの知りあいでね約束のものを受け取りに来たのさここをあけてくれんかねと言うのでしたけれども娘はにべもなく、

おふくろなら今日は出かけていて遅くまで戻らないよそれに悪いけど誰が来ても戸をあけるなと言われているんだと答えました。

わざわざたずねて来たってのにそいつはまったく残念だと男は言いました。ところでおまえさんはやっぱりこの家の娘なんだろうね?」

そこで娘は自分のことはあきらめてもらおうと考えてなにを言ってるんだいおれは男だよと答えてやりましたそれを聞いた熊の毛皮男は、

おまえさんが言うんならもちろんそのとおりなんだろうさいつまでもそのままでいるがいいと言いましたするとそのとたんこの娘はほんとうに男の姿になっていて美しかったおもかげもどこにも残っていませんでしたそれでも娘は自分ではそのことがわからずにもといたところへ戻るとまた眠りこんでしまいました。

やがて夕方になると娘の家族が街から帰ってきましたところがこの人たちは家にいたのが美しい姉ではなくむさくるしい見知らぬ男だったのでおどろきのあまり声も出ませんでした木こりはすっかり腹を立てこのずうずうしいよそものをたたきだそうと壁にかかっていた手斧をつかみましたそして相手がなにを言っても耳をかさずちからずくでそとへ追いだしてしまいましたこうしてまんなかの姉は家を離れてひとりで生きていくよりほかなくなりました。

ところでその日も街ではまた新たな異端者たちが告発されそこかしこで捕らえられていました家にはまだ薪があったので木こりはさらに次の日も街で商売をすることにきめましたこんどはおかみさんだけがいっしょに行って運ぶのを手伝うことになりましたいちばん下の妹はそのあいだひとりで留守番をして家の仕事をかたづけているように言いつけられましたけれどもおかみさんはもし熊の毛皮男がこの子を連れに来たらと思うと心配のあまり胸がはり裂けそうでしたそれというのも末の娘はまだ幼くよそへやるなんてどう考えたって早すぎたからですそこで出かける前に娘を呼ぶといいかいわたしたちが戻るまで誰が来ても戸をあけるんじゃないよかんぬきをきちんとかけて窓もみんなしめておきなさいと言い聞かせておきましたそんなわけで末娘は両親がいなくなるとすぐに家の戸にかんぬきをおろし窓もひとつ残らずしめてしまいました。

さてその日のお昼を過ぎたころのことですが娘が台所でうたた寝をしていると誰かがたずねてきて家の戸をたたきました目をさました娘は母親の言いつけを思いだし戸はあけずにどなた?とたずねましたすると相手は、

お宅のおかみさんの知りあいでね約束のものを受け取りに来たのさここをあけてくれんかねと言うのでしたけれども娘は正直に、

母さまなら今日は出かけてて遅くまで戻らないわそれにあたし誰が来ても戸をあけちゃいけないって言われてるのと答えました。

わざわざたずねて来たってのにそいつはまったく残念だとその人は言いました。ところでおまえさんはやっぱりこの家の娘なんだろうね?」

そこで娘はええそうよあたしはいちばん下の妹なのとすなおに答えましたそれを聞いたお客さんは、

おまえさんが言うんならもちろんそのとおりなんだろうさいつまでもそのままでいるがいいと言いました。それじゃ今日はこれで失礼するがひとつ頼まれてくれんかね? おかみさんが帰ってきたら森で会った男と約束したものをいつ渡してくれるのかって聞いといてほしいんだがね」。

末の娘はこの人がむだ足を踏んでしまったことを気のに思ってわかったわとこころよく答えました。あたしあとでちゃんと聞いておくね」それからもといたところへ戻るとまた眠りこんでしまいました。

やがて夕方になると両親が街から帰ってきましたところが娘は昼間うちへ来たお客さんのことを寝ているあいだにすっかり忘れてしまっていましたそこで母親の顔を見てもなにもたずねることはありませんでした。

ところで街ではあいかわらず異端者たちがひっきりなしに牢獄へ送りこまれきびしく取りしらべられていました木こりは残り少ない薪をかきあつめ次の日も街で商売をしてくることにきめましたこんどもおかみさんがいっしょに行って手伝い末の娘はひとりで留守番をすることになりました両親が出かけてしまうと娘は昨日と同じように家の戸にかんぬきをおろし窓もみんなしめておきました。

するとお昼を過ぎたころまたお客さんがやってきて家の戸をたたきました娘はやっぱり戸をあけないでどなた?とたずねましたすると相手は、

昨日の娘さんだねおかみさんはなんて答えてた?と聞くのでしたそこで娘はようやく頼まれていたことを思いだし、

あらごめんなさいあたし聞くのを忘れちゃったのと答えましたその言葉を耳にしたお客さんは腹を立ててちからいっぱい戸をたたいたので家じゅうの壁という壁がぐらぐらゆれてもう少しで倒れてくるところでしたそれからこの人は、

今回ばかりは大目に見るがもしまた聞くのを忘れたりしたらこの家をぺちゃんこにつぶしておまえさんの家族もみんな引き裂いてしまうからなと言いました。

そんなわけでやがて母親が帰ってくると末の娘はまっさきに今日ね母さまの知りあいだっていう人がうちへ来たのと言いました。それでね森で会った男と約束したものをいつ渡してくれるのかって聞いてたわ」。

母親はびっくりしてこんどまたその人が来たら聞くのを忘れたって答えるのよと教えましたけれども娘は、

それがだめなのと答えました。その人ね昨日も来て同じことを聞いてったのでもあたしそのときはほんとうに忘れちゃったのよだからその人はものすごく怒っててもしまた聞き忘れたりしたらこのうちをぺちゃんこにつぶしてあたしたちのことを引き裂いてしまうって言ってたわ」。

それを聞いて母親もこれはもうどうしようもないと考えましたそこで娘を抱きしめて口づけすると採れたばかりの野いちごをやって言いました。それじゃあねその人にはこう答えるんだよどうぞ約束のものをお取りくださいってね」。

ところで街ではやっぱりまだ裁判つづきの毎日で死んだあと永遠に地獄で焼かれることになっている異端者たちがあらかじめ火刑台の炎でからだをならしているのでしたそこで貧しい木こり最後の薪でもうひともうけしようと考えて次の日も街で商売をしてくることにきめましたこれまでと同じようにおかみさんがそのお供をして出かけ末の娘は家に残ることになりました娘は両親を見送るときちんと戸にかんぬきをかけ窓もしっかりしめておきました。

するとお昼を過ぎたころいつものようにお客さんがやってきて家の戸をたたきました娘はまた戸をしめたままでどなた?とたずねましたすると相手は、

末の娘さんだねこんどこそおかみさんの返事を聞かせてもらえるんだろうね?と聞くのでしたそこで娘は、

ええと答えました。母さまはどうぞ約束のものをお取りくださいって言ってたわ」。

するとそのとたん太いかんぬきが音を立ててふたつに割れ家の戸がひとりでにひらきましたそとには熊の毛皮をかぶった男が立っていてそいつはおまえさんのことだ!と言いました。つまりおまえさんは自分を連れていっていいと言ったのだだからそのとおりにしてやろう」。

その言葉がおわるやいなや男はさっと娘をかかえあげるとまるで羽根でも生えているかのようないきおいで大きな森のなかへと飛びこんでいきましたそして気がついたときにはたくさんの木立ちのあいまをとおり抜け森の奥深くまでやってきていましたそこにはりっぱなお城が建っていて城壁の門をくぐると見たこともないようなすばらしい庭園がひろがっていました城門から建物へとつづく道には石だたみのかわりにまじりけのない金がしきつめられ色とりどりの宝石でできた噴水からは水ではなくワインがふきだしているのですけれどもそんな道や噴水でさえ庭じゅうに咲いているたくさんのばらの花とくらべたらなにもないのと変わりませんでしたその庭園にはあらゆる種類のばらが植えてありどの木も見事な花をつけていてたとえようもなく美しかったのです。

ところがばらの木のすぐ前まで来ると熊の毛皮男は娘を下におろし枝についている花をよく見せてやりましたするとそれは布でできたつくりものでほんとうに咲いている花ではありませんでした。見てのとおりここにあるばらの花はみんなにせものだこいつらはもう何年もあれこれ手をつくしているというのにいちども咲いてはくれんのだと男は言いました。この王さまばらの花がなによりお好きでな庭師のおれを呼んでいちめんにばらが咲きみだれる美しい庭園をつくれと命じられたのだそれでどうにかここまではできたんだがおれのような男はばらの世話だなんてがらじゃないもんだからあとがさっぱりうまくいかんおまえさんを連れてきたのはおれのかわりに最後のしあげをしてもらうためだ見たところおまえさんならこの仕事にうってつけだろうしばらの花を咲かせることができれば王さまは望みのままにほうびをくださるぞ」。

それから娘はせまくるしい使用人部屋へ案内され古びたベッドをあてがわれましたそしてお城づとめをしているおおぜいの侍女たちといっしょにそこで寝起きしながら毎日ばらの手入れをして暮らすことになりました庭園で働きはじめた娘はまずつくりものの花をみんな取ってしまいそれからむだな枝はきれいに切り落として最後にたっぷりと水をやりましたすると庭のばらたちは世話をしに来るこの娘の美しさに負けまいときそって枝じゅうにつぼみをつけ次々と花をひらかせましたこうしてほどなく庭園は咲きほこるばらの花におおわれかぐわしい香りでいっぱいになりました年老いた王さまその知らせを聞くとすぐにやってきて毎日を庭園で過ごすようになりましたこの人は大好きなばらがこれほど見事に咲いていることをそれはもうとてもよろこんで世話係りの娘をたいそうほめたたえましたそして娘はすてきな服や靴きれいな宝石や真珠を山ほどもらい大臣でなければ使えないような広い部屋に住むことをゆるされましたそればかりかこれまでいっしょに寝起きしていた侍女たちもいまでは娘の召使いとして与えられ身のまわりの世話をつとめることになったのです娘はいっそう美しくなりお姫さまのようなすばらしい暮らしをして誰からもうらやましがられるようになりました。

けれどもそんなはなやかな生活もけして楽しいことばかりではありませんでした庭園ばらたちはどれも気ぐらいが高く身分のちがう世話係りの娘となんてこれっぽっちも仲よくするつもりがなかったのですそうでなくともこの娘はあいかわらず庭園の花をみんなあつめたより美しくばらたちがどれほどおめかしをしようともとうていくらべものにはならないのでしたばらたちはそれが気にくわず心のなかでは娘を嫌っていてことあるごとにいじわるをしましたそんなわけで娘は庭園にいるあいだじゅうひとりぼっちでみんなのきげんをそこねないよういつも気をつけていなければなりませんでしたそれでもこのばらたちはあれこれと娘の仕事にけちをつけ世話のしかたが悪いと言っては怒り鋭い棘で引っかいてやろうとするのでしたそこで娘はお気にいりの服をいくつもやぶかれ細い手足には生傷がたえずつらい思いを毎日こらえていなければなりませんでした。

そんなある日のこといつものように庭園へやってきた娘はたくさんの葉の下に隠れてひそかに伸びていたばらの根に気がつかず足を取られて転んでしまいました倒れこんださきには棘だらけの枝をひろげたばらのしげみが待ちかまえていて憎たらしい世話係りのからだじゅうを思うぞんぶんに刺しましたそこで娘はお城の台所のわきにある井戸のところまで走っていってあふれてくると涙を洗い流さなければなりませんでした。

するとそこへ王さまのひとり息子がとおりかかって泣いている娘の姿を目にしましたその白い肌に刻まれた傷口があんまり深かったので王子さまはおどろいてこれはひどいすぐに手当てをしなければさあ君わたしにつかまってと言うとそっと娘を抱きかかえお城の裏手にある広場へと連れていきましたそこにはあらゆる種類の薬草が生えていて傷に効くハーブもたくさんあったのですそれから王子さまあちこちから薬草をつんでくるとシャツを裂いて包帯をつくり娘のけがをひとつずつ手当てしていきましたこの人がやさしく薬草をあてて包帯を巻くたびにひらいていた傷口はぴったりとふさがり流れていたもきれいにとまるのでした。

そんなわけでやがて手当てがみんなすむと娘は涙をふいて立ちあがりありがとうございました王子さまあたしもう平気です早く仕事に戻らないとと言いおじぎをして庭園へ帰ろうとしました。

ところが王子さまそんな娘を引きとめてむりをしなくていいんだよかわいそうに君は傷だらけじゃないかと言いました。これはきっと庭園ばらたちのしわざだねそれも新しい傷ばかりじゃなかったずっと前からこんな目にあっていたんだよねねえ君そこまでしてばらの世話をつづけることはないんだよ」。

けれども娘は首を横に振りいいえ王子さまあたしがこのお城にいられるのはばらの花美しく咲かせることができるからですこの服も宝石も仕えてくれる侍女たちも広い部屋もみんなそのためにいただきましたもしこの仕事をしないのならあたしにはなにもありませんと答えました王子さまもそれを聞いて、

わかったそれが君の望みならわたしはもうとめないよと言いました。でもねせめてこの傷がきちんとなおるまではばらの世話はやすみなさいそれくらいはかまわないよね? 父上と庭番にはわたしが話をしておくから」。

それでも娘は返事に困りええでも……そのあいだあたしはどうしていたらよいのでしょうこうしてちゃんと働けるのになにもしないでやすんでいるとしたらまわりの人たちがどう思うことかと答えずにはいられませんでしたすると王子さまは、

それもそうだねではもしよかったらそのあいだわたしの手伝いを頼めるだろうかとたずねたのでした。わたしはいつもここへ来ていろいろな薬草を育てているんだけどあんまりたくさん増えてしまったものだからひとりだと少し手がたりなくてねちょうど誰かの助けがほしいと思っていたところなんだそれに君が来てくれればさっきの薬草をこまめに取りかえてあげられるからそれだけ早く傷をなおせるよ」。

こうして娘はしばらくのあいだお城の裏庭で王子さまのお手伝いをすることになりましたところでこの王子さまほんとうに男の人とは思えないほどきれいでばらの世話係りの娘より千倍も美しいのでしたお城で暮らす人たちはその姿があんまりまぶしすぎるのでもし空にかがやく太陽を見つめることはできたとしても王子さまの顔はまっすぐに見ることができないほどでしたけれどもこの人はいつもひとりきりでハーブの相手ばかりしていてばらの花が咲きみだれる美しい庭園にもいちども来たことがありませんでした娘はそれをとてもふしぎに思ってあるときどうして王子さま庭園にはいらっしゃらないのですか?とたずねました。もし王子さまがお見えになったとしたらばらたちはそのかがやきに照らされていまよりもはるかに美しく咲くことでしょうに」。

すると王子さま君が手入れした庭のすばらしさはみんなから聞いて知っているよと答えました。でもねばらの花ってわたしはあんまり好きじゃないんだとてもきれいなのはわかるけどあの自信に満ちた美しさ見ているとなんだか疲れてしまってねそれよりもこうして薬草を育てているほうがずっといいよこの子たちの元気な姿を目にするとわたしもすごくうれしくなっていやなことなんてみんな忘れてしまうもの」。

そんなわけで王子さま誰も来ることのない裏庭で土まみれになるのもかまわずに一日じゅう楽しそうに薬草の世話をしているのでしたこの人にはちっとも飾ったところがなく大好きな薬草たちと同じようにいつも自然に生きているのでお手伝いの娘もいっしょにいるのが王子さまだということをすっかり忘れてしまったほどでしたおまけにこの王子さま幼い子どものように無邪気で屈託がなかったので娘もすぐにうちとけてまるでずっと昔から友だちだったみたいに仲よしになりましたふたりは毎日ちからをあわせて増えすぎてしまったハーブを広い場所に植えかえたり虫や病気をふせぐために灰をまいたり乾燥させて使うものをつんできて干したりしました。

そうして暮らしているとあっというまに娘のけがはよくなって傷あとも残らずきれいになりましたそれを見た王子さまもうすっかりいいみたいだね今日までほんとうにありがとうこんな薬草の世話だなんて君にはとても退屈だったろうによく手伝ってくれて助かったよと言いましたけれども娘は、

いいえ王子さまあたしちっとも退屈なんてしていませんでしたと答えました。いままで知りもしなかったけどこんなふうにして生きている草花があるんですねいつもすごくおだやかであたしもすっかりこの子たちが好きになってしまいましたもうこれでお別れかと思うとさみしくてしかたがありません」。

すると王子さまはおどろいて君がそう思っていたなんてちっとも知らなかったよと言いました。わたしはてっきり君は早くあの庭園に戻りたがっているとばかり考えていたものだから」。

だってほかになにができるでしょうと娘は答えました。あたしのとりえといったらばらの花美しく咲かせることだけなんです薬草の世話がいくら好きでも人よりじょうずにできるわけじゃありませんこれまで王子さまのお手伝いをしてきてもたいして役には立てなかったって自分でもわかっているんです」。

けれども王子さまそんなことないよ君がそばにいてくれてわたしはとてもうれしかったものと言いました。わたしはねまだほんの子どものころからここへ来ていたけどいっしょに薬草を育ててくれる人なんて誰もいなかったんだだからわたしは死ぬまでひとりで生きていくしかないと思ってたしいままではそれでちっともかまわなかったんだよだけど君とふたりで過ごすようになってから毎日がどれだけ楽しかったことだろうずっと黙っていたけれどほんとうのことを言うとね君が庭園に帰ったりしなければいいのにって心のなかではいつも思っていたんだよ」それからこの美しい王子さまねえもし君がこの子たちだけじゃなくわたしのことも好いてくれているのなら結婚していつまでもいっしょにいてもらえないだろうかとたずねたのですそこで娘も、

はい王子さまあたしあなたのことが好きですこれからさきほかの誰も愛することはないでしょうと答えたのでした。

こうしてお城ではふたりの結婚式がたいそう盛大におこなわれましたやがて夜もふけるとあつまっていた人たちに見送られ王子さまと若いお妃さまは大広間をあとにしましたところでこの美しい花婿寝室で花嫁とふたりきりになるとこのあとのことだけどひとつわがままをゆるしてもらえるだろうかとたずねるのでした。今夜はね別々に眠りたいと思っているんだ」。

それを聞いたお妃さまきっとこの花婿はとてもつつしみ深い人なのだと考えてええかまわないわと答えましたすると王子さまは、

勝手を言ってごめんねわたしは奥の部屋でやすむけどどうか朝までそっとしておいてほしいたとえなにがあったとしてもようすを見に来たり戸をあけたりしてはいけないよと言いましたそしていとしい花嫁の頬におやすみの口づけをすると奥の小部屋へ入って戸をしめてしまいましたそこでお妃さまも明かりを消して広いベッドにひとりで眠りにつきました。

さて次の日もお城ではまだ婚礼のおいわいがつづけられていました大広間には王族貴族のご婦人がたがあつまって若いお妃さまのことを待ちかまえていましたこの人たちは自分たちの新しいお仲間と早くお近づきになりたかったのですそしてお妃さまが姿をあらわすとみんなでまわりを取りかこみあれこれと話を聞きたがりましたとりわけご婦人がたはあの美しい王子さまがなぜ結婚する気になったのかどうしてもふしぎでなりませんでしたそれというのもこれまでどんなに美しいお姫さまけして王子さまの気を引くことができず誰ひとりとして親しくなれたものはいなかったからです。

そうしておしゃべりをしているうちにやがてみんなは口をそろえて王子さまが昨日の夜どんなようすだったのかとたずねましたそこでお妃さまあたしたち昨日は別々の部屋でやすみましただから王子さまがどうしていたのかはわかりませんと答えましたするとご婦人がたはおどろいて顔を見あわせそれからおかしそうにくすくすとしのび笑いをもらしたのでお妃さまはひどく恥ずかしい思いをしなければなりませんでした。

ところでその夜も王子さま寝室で花嫁とふたりきりになるとこのあとのことだけど今夜もまた別々に眠ってくれるだろうかと言うのでしたそれを聞いたお妃さまは、

ねえ王子さまそれはどうしてなの? わけがあるなら教えてとたずねましたけれども美しい王子さまは、

いまはまだ君には話せないんだよでもねどうしてもそうしなければならないんだわたしのことを愛してくれているのならどうかなにも聞かずにゆるしてはもらえないだろうかと答えるばかりでけしてわけを言おうとはしませんでしたそこでとうとうお妃さまも、

わかったわと答えるよりほかありませんでしたするとこの美しい王子さま花嫁の頬におやすみの口づけをして奥の小部屋へと姿を消しましたそしてお妃さままたひとりっきりで眠りにつきました。

さてそのまた次の日も大広間にはやっぱりあのご婦人がたがあつまっていましたこの人たちはこんどこそ若いお妃さま美しい王子さまどんな夜を過ごしたのか聞けると思っていましたそこでお妃さまあたしたち昨日はいっしょにやすみました王子さまあたしのことをやさしく抱きしめてくれましたとうそをつきましたけれどもご婦人がたはそんな言葉ではちっとも満足せずにもっとくわしい話が聞けるまでけしてゆるしてくれませんでしたお妃さまはそれに答えることができずうそをついたことがわかってしまい昨日よりもいっそう恥ずかしい目にあいました。

やがてまた夜になり寝室でやすむ時間が来ると王子さま花嫁今夜のことだけどもういちどだけ別々に眠ってほしいんだと言いましたそれを聞いたお妃さまは、

ねえ王子さまあなたはほんとうにあたしと結婚したかったの?とたずねました。薬草たちの世話を手伝うだけでよかったのならわざわざお妃さまにしてくれなくたってあたしよろこんでやったのに」。

けれども王子さまどうかそんなことを言わないでわたしだってほんとうはひと晩じゅう君のとなりにいたいと思ってるだけどこれはわたしたちにとってすごく大切なことなんだもう二度と君をひとりにしないと誓うから今夜だけは言うとおりにしてくれないかと答えるばかりでどうあってもゆずろうとはしませんでしたそこでやっぱりお妃さまも、

あなたがそこまで言うのならと答え頼みを聞くよりほかありませんでしたすると王子さま花嫁の頬におやすみの口づけをしてひとりで小部屋へ行ってしまいましたお妃さまは明かりを消してベッドによこたわりましたが明日もまたあのご婦人がたに笑われてしまうのかと思うとかたときも心がやすまらずどうしても寝つくことができませんでした長いことそうしているうちにやがてお妃さまいったい王子さまがひとりでなにをしているのかどうしても気になってしかたなくなりましたそしてもう小部屋の戸の前まで行って鍵穴からなかをのぞいて見ずにはいられませんでしたするとあの美しい王子さま寝間着姿でベッドのそばにひざまづき胸の前で手を組んで目をとじて祈っているところが見えましたところがその姿はどこから見ても女の人でしたお妃さまがそれを目にしたとたんかかっていた鍵が音をたててはずれ小部屋の戸がひとりでにひらきましたお妃さまはびっくりしてねえ王子さまあなたなの?とたずねましたその女の人は顔をあげてお妃さまを見るとおおつぶの涙をぽろぽろとこぼして、

わたしだよと答えましたそしてほんとうの姿を知られたからにはもうこの結婚をつづけていくことはできないねやっぱりわたしは死ぬまでひとりきりで生きていくしかないみたいだと言うと両手で顔をおおって泣きくずれてしまいましたけれどもお妃さまそんな女の人をやさしくなぐさめ、

かわいそうにあなたはずっとむりをして男のかっこうをつづけてきたのねだけどもうあなたひとりで苦しまなくていいのこんどはあたしがあなたのちからになるからと言いましたそこで女の人もお妃さまにすっかりわけを話しましたこの人は生まれたときにはまぎれもなく男の子でしたが王国を横取りしようとねらっていた魔女たちに呪いをかけられて女の子の姿へと変えられてしまったのですところが王さまそれでもこの子に国を継がせたくてお姫さまではなく王子さまとして育てさせたのでしたそれから月日は流れあれほど国じゅうを荒らしまわっていた魔女たちもいつしかさっぱり見かけなくなってしまいましたがこの人はあいかわらず女のままでしたこの人が呪いを解くためには誰かと結婚してから三晩のあいだ姿を見られずにひとりっきりで祈り明かさなければならなかったのです。

それを聞いたお妃さまああなんていうことでしょうと嘆かずにはいられませんでした。あとほんの少しであなたはもとに戻れていたはずだったのにまさかあたしがそのじゃまをしてしまったなんて」。

けれども女の人は首を振り君のせいなんかじゃないよと言いました。隠さずにきちんと話しておけばこんなことにはならなかったんだものだけどほんとうは男じゃないとわかったら君はきっとがっかりしてやっぱりわたしから離れていってしまったことだろうね」。

ところがお妃さまそんなことないわときっぱり答えました。だってあたしお妃さまになりたかったわけじゃないものあなたといっしょに過ごしているとあたしの心もきれいに澄んでいやなことはみんな忘れてしまえるのだからあたしあなたという人を好きになったのよその気もちはいまでもやっぱり変わってないわほんとうは女の人だったからってあなたはあなたのままだものそばを離れたいなんて思うはずがないわ」それからお妃さま女の人のまぶたにそっと口づけするとふるえるその肩を抱きしめてさあもう泣かないで呪いを解く方法ならきっとまだほかにもあると思うのあたしいつまでだって待てるわだって相手があなたでないのなら結婚なんてちっともする気になれないんだものだからこれからもずっとふたりで生きていきましょうと言ったのですそこで女の人も、

君がそう言ってくれてすごくうれしいよだってわたしもこんなに君のことが好きなんだものいつの日かきっと君のほんとうの王子さまになってみせるからねと答えたのでした。

そんなことがあってからというものこの美しい王子さまお妃さまおたがいにすっかり心をゆるしほんものの夫婦なんかよりもずっと仲よしになりました男の服を着て暮らす王子さまのことをお妃さまはかたわらでそっと気づかい王子さまはみずみずしい薬草で裏庭をいっぱいにしてお妃さまにいつも元気をくれるのでしたふたりをへだてるものはもうなにもなく相手のことはみんなわかっていて自分たちのほかには誰もいなくてかまいませんでしたそしてかたときもそばを離れようとせずずっとふたりでよりそって過ごしているのでまわりの人たちは近づくこともできなくなってしまったほどでした王子さま呪いを解く手だてはおおぜいの学者たちにしらべさせてもさっぱり見つかりませんでしたがこの人たちはまるで気にもとめずそれはしあわせな毎日を送っていました。

ところでこの王子さまにはほかに兄弟がなくやがては王さまのあとを継がなければなりませんでしたそこでまわりの人たちはこんどは王子さま自身にも早く子どもが生まれてほしいと思っていましたもしお世継ぎができなければこの国をおさめる王家すじがいずれはとだえてしまうからですけれども若いお妃さまには何年たってもいっこうに子どもができませんでしたそこでみんなは心配になってあの人はお妃さまにふさわしくないのではないかとあちこちでうわさするようになりましたそんな話を耳にするたびに王子さまはひどく心を痛めのないお妃さまをかばってまわりましたそしてとうとうお世継ぎの話はいっさいしてはならないというおふれを出したのですがそれでも人々が隠れて陰口をたたくのをやめさせることはできませんでしたするとあれほど元気に生えていた裏庭の薬草たちが見るまにしおれて枯れていきいくら新しい苗を植えてもけして根づかなくなってしまいました王子さまはすっかり気を落としもう笑いもしなければ口をきくこともなく部屋にこもったきりちっともそとへ出てこなくなりましたお妃さまはとても悲しくなって毎朝ひとりでお城を抜けだしては誰もいない森のなかで日々を過ごすようになりました。

そんなある日のことお妃さまがいつものように森へ出かけ小さな泉のほとりに腰をおろしているとひどくむさくるしいふたりの旅人がそこをとおりかかりました着ている不潔な服といい伸びほうだいの髪やひげにおおわれた顔といいその人たちの汚らしさときたらとても同じ人間とは思えないほどでしたところでそれは昔このお妃さまの姉だった人たちでした男の姿に変えられてからというものこのふたりはもう誰からも見向きをされなくなりとうとう身なりにこれっぽっちも気をつかわなくなってしまったのですそのうえこの人たちはどこへ行っても嫌われるばかりで落ちつくさきを見つけることもできませんでしたそこであてもなくあちこちをさまよいながらわが身におとずれた不幸を嘆きおたがいをなぐさめあってみじめに生きているよりほかありませんでした。

そんなわけでお妃さまもはじめのうちはその男たちが誰だかちっともわかりませんでしたけれどもこの人たちはいっしょに暮らしていたころの話をあれこれ聞かせ自分たちの身になにが起きたのかを教えましたそこでようやくお妃さまにも相手が自分の姉だった人たちなのだとわかりましたお妃さまは再会をとてもよろこんで兄たちのことを抱きしめましたところでこの兄たちは妹がまるでお姫さまのようななりをしているのでふしぎに思ってわけをたずねましたそして美しい王子さま結婚したことがわかるとねたましさのあまり黄色くなったり緑色になったりしました自分たちがこんなにあわれな暮らしをしているというのにひとりだけしあわせになっていただなんてゆるせなかったのですそこで兄たちは妹を気づかうふりをしてだけどおまえお妃さまになったというわりにはどうも元気がないようだねと言いました。もしなにか困ったことがあるなら遠慮しないで話してごらんおれたちがちからになれるかも知れないよ」。

その言葉を聞くと妹はこらえきれずに泣きだしてあたしお城にいるのがつらいのいつまでも子どもができないせいでまわりの人たちがみんなしてあたしはお妃さまにふさわしくないってうわさしてるんだものと言いました。だけどねそれはあたしのせいじゃないのよだってあたしの王子さま魔女たちに呪いをかけられたせいでいまは女の姿になってしまってるんだものその呪いが解けないうちはあたしたちに子どもなんてできるはずないのよ」。

すると兄たちはそうだねおまえはちっとも悪くないよと言って妹をなぐさめましたが心のなかではふむこいつはいいことを聞いたぞとしか考えていませんでした。これまでひどい目にあってきたおれたちにもようやく幸運がめぐってきたらしいなもしも王子さまが女だとしたらそのお妃にはどう考えたっておれたちのほうがふさわしいだろうよそんなに子どもがほしけりゃ王子さま自身に産ませてやればいいのさ」。

そんなわけでこの人たちはふたりでしめしあわせると妹から冠を奪い取りさんざんひどい目にあわせたあげくに泉にしずめて殺してしまいましたそれからむさくるしい兄たちはひさしぶりに女の服を着てうれしそうにお城へとやってきましたそしてお妃さまの姉だと名乗ると妹のことで大切な話がある王子さまに伝えさせましたやがて王子さまの部屋へとおされるとこの人たちは残念ですが悪い知らせです私たちの妹は森でにおそわれて死んでしまいました見つけたときにはもう手遅れで埋めてやるよりほかにできることはありませんでしたこれがその証拠ですと言って金の冠を見せましたそれを目にした王子さまおどろきのあまり気をうしなって倒れ義兄たちに抱きとめてもらわなければなりませんでした。

それでもむさくるしい義兄たちは持っていた強い蒸留酒を気つけにしてすぐにまたこの人の目をさまさせましたそしてお気の王子さまこうなったからには私たちが新しいお妃となってあなたのことをおなぐさめしましょうと言いましたけれども悲しみに暮れる王子さまは、

せっかくだけどそんな気づかいはいらないよと答えました。わたしのあの人でなければだめなんだだからわたしはもう死ぬまで誰とも結婚することはないだろう」。

ところがむさくるしい義兄たちはまるで耳をかさずいいえ王子さまあなたにはどうしたって私たちと結婚してもらわなければなりませんと告げました。そうでなければ私たちはあなたの秘密をお日さまのしたで明らかにすることでしょう教会をあざむき女同士で結婚していたと知れれば婚姻の秘蹟冒涜したあなたは火あぶりにされてしまうのですよ」。

こうなってしまっては王子さまにはどうすることもできず義兄たちの言いなりになるよりほかありませんでしたそこでお城では王子さまと新しいお妃さまたちの結婚式がおこなわれることになりましたうつむいて涙をこらえている美しい花婿をよそにむさくるしい花嫁たちはおおよろこびできらびやかなドレスを見せつけてまわって得意になっていましたやがて夜もふけるとあつまっていた人たちに見送られ王子さまと新しいお妃さまたちは大広間をあとにしましたところがこの美しい花婿寝室へ向かうあいだに醜い花嫁たちの手を振りはらうと、

わたしの前は明るくなって後ろは暗くなりなさいゆくえが誰にもわからぬように」

と言いましたするとその言葉のとおり花嫁たちには王子さまの姿が見えなくなってどこへ消えたのか見当もつきませんでしたそのあいだに王子さまひとりでさきに寝室へ戻ると小部屋へかけこんで鍵をしめてしまいましたそれでも花嫁たちはじゅうをしつこくさがしてまわりとうとう寝室までやってきましたそして鍵のかかった戸を見つけると猫なで声で王子さまのことを呼びなんとかそこをあけさせようとしましたけれども美しい王子さま返事もしなければ出てくることもありませんでしたそこで花嫁たちはこうなったからにはちからずくで言うことを聞かせてやろうと考えて大きな斧を振るって小部屋の戸をこわしはじめました。

ところでそのころお城の台所にいた熊の毛皮男雪のように白い一羽の白鳥が飛んできて窓から部屋へ入ってくるのを目にしましたその白鳥が、

あたしの王子さまはどうしているの?」

とたずねるので熊の毛皮男は、

ご自分のお部屋にこもってひとりでお祈りをしてらっしゃるよ」

と答えましたすると白鳥はまた、

むさくるしい花嫁たちはどうしているの?」

とたずねるので熊の毛皮男は、

おまえさんの寝室で恥知らずなことをたくらんでるね」

と答えましたそれを聞いた白鳥は、

花嫁たちのところへ行ってあたしが王子さま呪いを解きに来たと伝えてちょうだい」

と頼みましたそこで熊の毛皮男言われたとおりに寝室へ向かうと扉をたたいて雪のように白いきれいな白鳥王子さま呪いを解くためにいらっしゃったよと伝えましたむさくるしい花嫁たちはびっくりして、

王子さまが男に戻ってしまったらおれたちとの結婚はおしまいだぞあいつをものにする前にそのいまいましい白鳥とやらを追いはらわなければと考えるとあわてて廊下へと出てきましたそして白鳥がやってくるのを目にするとふたりして太い腕を振りまわし窓からそとに追いだしてしまいましたするときれいな白鳥こんどはお城の屋根をこえて庭のほうへ飛んでいったので花嫁たちもいそいでバルコニーへ出て王子さまのいる小部屋の窓に近づけないようにしなければなりませんでしたそれからもこの白鳥いくら追いはらわれてもけしてあきらめず王子さまのもとをめざして舞い戻ってくるのでしたそこでふたりの花嫁たちはずっとそのあとを追いまわしつづけとうとうひと晩じゅう寝室には戻れませんでしたけれどもけなげな白鳥のほうもまたいとしい王子さまに会うことはかないませんでしたやがて夜が明けはじめると朝日をあびた白鳥の姿はぼんやりとかすんでいきほどなくすっかり消えてしまいました。

さてその次の夜も王子さま寝室へ向かうあいだに花嫁たちの手を振りはらうと、

わたしの前は明るくなって後ろは暗くなりなさいゆくえが誰にもわからぬように」

と言いましたそこで花嫁たちは王子さまの姿を見うしないようやく寝室へやってきたときにはもう小部屋の戸はかたくとざされてしまったあとでしたそんなわけでこの人たちがもういちど戸をやぶろうとしているとまた寝室の扉をたたく音がして雪のように白いきれいな白鳥王子さま呪いを解くためにいらっしゃったよという声が聞こえてくるのでしたむさくるしい花嫁たちはうんざりして、

いくら来ようとむだなのにまったくしつこいやつだ追いはらっても戻ってくるというのなら捕まえて檻のなかへ入れてしまおうと考えるとそろって廊下へと出てきましたそして網や縄を振りまわしやってきた白鳥を捕まえようとしましたところがきれいな白鳥いくら追いつめたと思ってもそのたびに翼をひろげて舞いあがり手の届かないところへ飛んでいってしまうのでしたそこでふたりの花嫁たちはひと晩じゅうそのあとを追いまわしつづけそれでもやっぱり捕まえることができませんでしたけれどもけなげな白鳥のほうもまた王子さまのいる小部屋に近づくことはかないませんでしたやがて夜が明けはじめると朝日をあびた白鳥の姿はぼんやりとかすんでいきほどなくすっかり消えてしまいました。

さてその次の夜も王子さままたしても花嫁たちの手を振りはらうと、

わたしの前は明るくなって後ろは暗くなりなさいゆくえが誰にもわからぬように」

と言いましたそこで花嫁たちの目は闇にとざされ王子さまが小部屋へ逃げこむのをとめることができませんでしたそんなわけでこの人たちがこんどこそ花婿の部屋に押し入ろうとしているとやっぱり寝室の扉がたたかれ雪のように白いきれいな白鳥王子さま呪いを解くためにいらっしゃったよという声がするのでしたむさくるしい花嫁たちはすっかり腹を立て、

憎たらしい白鳥どうあってもおれたちと王子さまのじゃまをするつもりか追いつめても捕まえることができないのならあとはもう殺してしまうよりほかにないなと考えるとおそろしい顔で廊下へと出てきましたそして剣や弓を振りかざしやってきた白鳥におそいかかりましたところがきれいな白鳥いくら切りつけたり射かけたりしてみてもそのたびにするりと身をかわし一枚の羽根もそこなわれることがありませんでしたそこで花嫁たちはすっかりむきになり頭にがのぼってまわりが見えなくなってしまったので白鳥をめがけて振りおろした剣があやうくもうひとりの花嫁の首をはねそうになったりこんどはその花嫁の放った矢がもう少しではじめの花嫁の心臓をつらぬきそうになったりするしまつでした。

ところで王子さまはといえばそのあいだずっと小部屋のなかにひとりきりでいっしんに祈りつづけていましたやがて夜が明けはじめると天窓からひとすじの光がさしこんできてその美しい顔を照らしましたそれはむさくるしい花嫁たちとの結婚式から数えて三度目の朝日でしたするとそのとたん長いこと王子さま呪いつづけていた魔法は解けこの人はまぎれもなく男の姿に戻っていました目をあけた王子さまいそいでかたわらの剣をつかむと部屋のそとへと飛びだしていきましたそこには雪のように白いきれいな白鳥がいて朝日をあびて姿がかすみいまにも消えそうになっていましたけれども王子さまがすばやく剣を抜いてその首をはねると白鳥はもとの姿を取り戻し美しいほんとうのお妃さまに変わりました生き返ったお妃さままるでなにごともなかったかのようにすこやかで一本の髪の毛もそこなわれていませんでしたふたりは心の底からよろこんで泣きながら手と手を取りあいもう二度と離れることはありませんでした。

いっぽうそのころあのむさくるしい花嫁たちは白鳥の姿を見うしない手わけしてあたりをさがしまわっていましたすると若いほうの花嫁窓のそとにある大きな木に夜のように黒いからすがびっしりととまっているところを目にしましたその醜いからすたちはどれも耳ざわりな声でやかましく騒いでいてそのうちの一羽が、

新しい花嫁の妹のほうが殺されるよ!」

と叫んでいるかと思えばまた別の一羽は、

新しい花嫁の姉のほうは美しい王子さまもこの国もみんな自分だけでひとりじめにしたいと思ってるんだよ!」

と叫んでいるのでしたそれを聞いた醜い花嫁はびっくりしてなんてことだまさかあいつがこのおれを殺そうとたくらんでいたとはと言いました。だがたしかにあいつだったらやりかねないぞ考えてみればさっきおれのほうに切りかかってきたのもねらいをはずしたように見せかけていただけでほんとうはわざとだったにちがいない」。

それからこの人はもうひとりの花嫁がいまも自分を殺そうとしているかと思うとこわくてたまらなくなりましたするとそこへ熊の毛皮をかぶった男がとおりかかったのでむさくるしい花嫁はあわてて呼びとめそこのおまえ私のことを護衛して兵たちのところへ連れていきなさい私は命をねらわれているのですと言いましたそこで熊の毛皮男命令どおりこの人のさきに立って歩きながら、

ところでおまえさん自分の姉妹を殺して大事なものを横取りするような人間にはどんな罰がふさわしいと思うかね?とたずねましたそれを聞いた醜い花嫁は、

そんな悪人は服を脱がせてまるはだかにし内側に長いくぎがつきだしている鉄の乙女像のなかへ入れてやらなければなりません乙女像には目玉をくり抜いた馬をつなぎ死ぬまで引きまわさせるのですと答えましたすると熊の毛皮男は、

そいつはおまえさんのことだ!と言いました。つまりおまえさんは自分で自分に裁きをくだしたのだだからそのとおりにしてやろう」。

その言葉がおわるやいなや男はものすごいちからで花嫁につかみかかるとあっというまに縛りあげお城の庭へと引きずっていきましたそこにはすでにおおぜいの衛兵たちにかこまれて年上のほうの花嫁が捕らえられていましたそれというのもこの人もまた同じように姉妹を殺すような悪人は服を脱がせて鉄の乙女像につめるべきだ熊の毛皮男に答えていたのです。

やがてふたりが言ったとおりのことがおこなわれましたむさくるしい花嫁たちは豪奢なドレスをはぎ取られすっかりはだかにされましたするとこの人たちがほんとうは男だったことが誰の目にも明らかとなりましたそこへ鉄の乙女像が運ばれてきてふたりはいっしょにそのなかへ押しこめられ前には黒い馬がつながれましたふたつの目玉を抜かれるとこの馬は狂ったように走りだし庭園じゅうをさんざんかけずりまわったので咲いていたばらの花が残らず散ってまっ赤な花びらで地面がすっかりおおわれてしまったほどでしたそれから黒い馬は乙女像を引いたまま城門のそとへ飛びだしていってもう二度と戻ってくることはありませんでした。

そのあとお城ではほんとうのお妃さま王子さまもういちどふたりで結婚式をあげましたところがこの美しい花嫁花婿があんまり凛々しくなってしまったので胸がどきどきしてまっすぐに顔を見ることもできませんでしたそして花婿が口づけを交わそうとするとすっかり赤くなってうつむいてしまうのでしたするとこの花婿かわりに花嫁のおでこに口づけし手を取って踊りに誘いましたそんなわけでふたりが大広間のまんなかで楽しく踊っているとふいに熊の毛皮をかぶった男があらわれて、

おまえさんの兄弟たちのせいで庭園ばらがみんな散ってしまったよまったく困ったことになったもんだと嘆きはじめました。だからおまえさんまた昔のようにあいつらの世話をしてきれいな花を咲かせてくれんかね?」

けれども美しい花嫁いいえできないわと答えました。だってあたしこれから王子さまといっしょに薬草を育てるんだもの」。

わざわざ頼みに来たってのにそいつはまったく残念だと男は言いました。ところでおまえさんはいまやっぱりしあわせなんだろうね?」

そこで花嫁ええとってもとすなおに答えました。いままであたしこの人よりすてきなお婿さんなんていないと思ってたわでもそうじゃなかったの魔女呪いが解けた王子さま昔の千倍もすてきになってしまったんだものもうあたしほかに望むことなんてひとつもないわ」するとそれを聞いた熊の毛皮男は、

おまえさんが言うんならもちろんそのとおりなんだろうさいつまでもそのままでいるがいいと言いましたそんなわけでこのお城ではいまもまだ結婚式がつづけられていて美しいお妃さまとすてきな王子さまあいかわらずしあわせに踊りまわっているということです。


著者結社異譚語り
2009年9月21日ページ公開
2011年9月4日最終更新