◆ Märchen << HKM2 < i ii iii iv v vi vii
いけにえの子が生き返ってから、千年を数えない時代のことです。ある村にたいそうけちんぼうな男がいて、大きな家にひとりで暮らしていました。この男はやがて、若くてかわいらしい奥さんをもらったのですが、その人の家はひどく貧しかったので、嫁入りのとき、なにひとつ持ってこられるものがありませんでした。ところが、そんな花嫁に男があげたものといったら、つぎはぎだらけの古びたぼろ着だけでした。そういうわけで奥さんは、おしゃれを楽しむこともゆるされず、いつもみすぼらしいかっこうをしているほかありませんでした。そればかりか、男は奥さんに山ほど仕事を言いつけて、朝から晩まで働かせました。そして少しでも休んでいるのを見つけると、ひどくふきげんになるのでした。そこでこの奥さんは、くる日もくる日もわき目もふらず、まるで女中のように働きつづけなければなりませんでした。
さて、そのうちこの夫婦にも子どもができ、やがて母親そっくりの、愛らしい女の子が生まれてきました。けれども、その子がまだ小さいうちに、かわいそうな奥さんはとうとう病気になって、まもなく死んでしまいました。するとけちんぼうな父親は、こんどは娘に母親のかわりをさせるようになりました。それからというもの、幼い娘にはつらい日々がはじまりました。朝はお日さまよりさきに目をさまし、水を汲みあげて運び、火を起こし、父親が起きてくるまでに食事のしたくをすませ、家畜たちにえさをやって、洗濯と掃除をするのです。なにより家事仕事にはきりというものがなかったので、どれほどせっせとかたづけても、やることはほかにいくらでも待っているのでした。そういうわけでこの娘は、ほこりにまみれた汚いなりで、一日じゅういそがしく働いていなければなりませんでした。
やがて娘も年ごろになり、きれいな服がほしいと思うようになりました。ところがいくら頼んでみても、父親は首を横に振るばかりでした。「そんなもの、おまえにはまだ必要ない」というのです。そしてふたこと目には「大人になったらちゃんと買ってやるから、いまはよけいなことを考えず、言われたとおりにしていなさい」とくり返すのでした。
そうして暮らしているうちに、年にいちどの村祭りの季節になりました。その日、最後の取りいれをすませた村人たちは、夕方から広場にあつまって、遅くまで収穫のおいわいをするのでした。村に住む若者や娘たちは、とりわけその夜を楽しみにしていて、きれいに着飾って出かけていきました。みんなそこで、新しい友だちを見つけようと思っていたのです。
もちろんあのほこりまみれの娘も、そこへ行きたくてしかたありませんでした。けれどもけちんぼうな父親は、いつものように「おまえにはまだ早い」と言って、ちっとも相手にしてくれませんでした。そこで娘はすっかり悲しくなって、教会の裏にある母親のお墓をおとずれると、つめたい石の前に座りこんで泣きだしてしまいました。
するとどこからか「どうしたんです、お嬢さん。その声を耳にしたら、石だって君のことがかわいそうになりますよ」という声が聞こえてきました。娘があたりを見まわすと、年を取った大きなカエルが、近くの沼からイボだらけの顔をつきだしているのが目に入りました。
「あら、気もちの悪いカエルね」と娘は言いました。「あたしが泣いていたのは、こんどのお祭りに着ていくお洋服がなかったからよ。それがどうかしたの?」
「そんなことなら、僕がどうにかしてあげましょう。だから、もう泣くのはおやめなさい」とカエルは言いました。「でも、君の願いをかなえてあげたら、かわりになにをしてくれますか?」
「あなたはなにをしてほしいの?」
「そうですね、君が僕のことを好いてくれて、仲のいい友だちになり、僕の家まで来ていっしょに遊び、僕とふたりで食卓をかこんで、僕のお皿から食べ、僕の杯から飲み、僕のベッドで寝てくれたならば、いままで誰も見たことがないようなすてきなドレスを、帰りに持たせてあげましょう」。
「いいわ、カエルさん」と娘はすぐに答えました。「それじゃあたしたち、今日からお友だちね。さあ、あなたのおうちへ行きましょう」。
それを聞いたカエルはうれしそうに水からあがり、近くの森へぴょこぴょこと跳ねていきました。やがて暗い森の奥まで来ると、そこにはみすぼらしい一軒の小屋がありました。娘はその小屋のなかで、一日じゅうカエルの相手をしてやりました。そしてこの新しい友だちが望むので、イボだらけの醜い顔になんどもキスをしました。
やがて夕方になると、カエルは金でできた衣装箱を出してきて、なかのドレスを娘にくれました。それはほんとうにすばらしいものでした。たとえ伯爵家のお嬢さまでも、こんなに美しい服は持っていないことでしょう。娘はおおよろこびでお礼を言うと、ドレスをかかえて小屋を出ました。するとカエルは「またなにかほしいものができたら、いつでもたずねていらっしゃい」と言って、帰っていく友だちを見送りました。
家へ戻った娘は、もらったドレスをいそいで隠すと、服を脱いでベッドのなかにもぐりこみました。ちょうどそのとき、父親が仕事から帰ってきて、家の戸をあけました。そして、言いつけておいたことがなにひとつかたづいていないのを目にすると、娘のところへやってきて、きびしい声でわけをたずねました。そこで娘は、ベッドから顔を出すと「ごめんなさいお父さま。あたし、今日はとてもぐあいが悪かったものだから、いままでずっと寝ていたの。いそいでお夕飯のしたくするから、ちょっとだけ待っていてね」と言いました。その顔があんまり赤かったので、父親はきっとひどい熱があるのだろうと思い、この日ばかりは怒らずにゆるしてくれました。
Home <<< Mächen << HKM2 < ? ← Page. 1 / 7 → ↑
著者:結社異譚語り | |||
2008年 | 11月 | 24日 | ページ公開 |
2011年 | 9月 | 4日 | 最終更新 |