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異譚メルヘン第二話カエルのおじさま


いけにえの子が生き返ってから千年を数えない時代のことですあるにたいそうけちんぼうな男がいて大きな家にひとりで暮らしていましたこの男はやがて若くてかわいらしい奥さんをもらったのですがその人の家はひどく貧しかったので嫁入りのときなにひとつ持ってこられるものがありませんでしたところがそんな花嫁に男があげたものといったらつぎはぎだらけの古びたぼろ着だけでしたそういうわけで奥さんはおしゃれを楽しむこともゆるされずいつもみすぼらしいかっこうをしているほかありませんでしたそればかりか男は奥さんに山ほど仕事を言いつけて朝から晩まで働かせましたそして少しでも休んでいるのを見つけるとひどくふきげんになるのでしたそこでこの奥さんはくる日もくる日もわき目もふらずまるで女中のように働きつづけなければなりませんでした。

さてそのうちこの夫婦にも子どもができやがて母親そっくりの愛らしい女の子が生まれてきましたけれどもその子がまだ小さいうちにかわいそうな奥さんはとうとう病気になってまもなく死んでしまいましたするとけちんぼうな父親はこんどは娘に母親のかわりをさせるようになりましたそれからというもの幼い娘にはつらい日々がはじまりました朝はお日さまよりさきに目をさまし水を汲みあげて運び火を起こし父親が起きてくるまでに食事のしたくをすませ家畜たちにえさをやって洗濯と掃除をするのですなにより家事仕事にはきりというものがなかったのでどれほどせっせとかたづけてもやることはほかにいくらでも待っているのでしたそういうわけでこの娘はほこりにまみれた汚いなりで一日じゅういそがしく働いていなければなりませんでした。

やがて娘も年ごろになりきれいな服がほしいと思うようになりましたところがいくら頼んでみても父親は首を横に振るばかりでした。そんなものおまえにはまだ必要ないというのですそしてふたこと目には大人になったらちゃんと買ってやるからいまはよけいなことを考えず言われたとおりにしていなさいとくり返すのでした。

そうして暮らしているうちに年にいちどの祭りの季節になりましたその日最後の取りいれをすませた人たちは夕方から広場にあつまって遅くまで収穫のおいわいをするのでしたに住む若者や娘たちはとりわけその夜を楽しみにしていてきれいに着飾って出かけていきましたみんなそこで新しい友だちを見つけようと思っていたのです。

もちろんあのほこりまみれの娘もそこへ行きたくてしかたありませんでしたけれどもけちんぼうな父親はいつものようにおまえにはまだ早いと言ってちっとも相手にしてくれませんでしたそこで娘はすっかり悲しくなって教会の裏にある母親のお墓をおとずれるとつめたい石の前に座りこんで泣きだしてしまいました。

するとどこからかどうしたんですお嬢さんその声を耳にしたら石だって君のことがかわいそうになりますよという声が聞こえてきました娘があたりを見まわすと年を取った大きなカエル近くの沼からイボだらけの顔をつきだしているのが目に入りました。

あら気もちの悪いカエルと娘は言いました。あたしが泣いていたのはこんどのお祭りに着ていくお洋服がなかったからよそれがどうかしたの?」

そんなことなら僕がどうにかしてあげましょうだからもう泣くのはおやめなさいカエルは言いました。でも君の願いをかなえてあげたらかわりになにをしてくれますか?」

あなたはなにをしてほしいの?」

そうですね君が僕のことを好いてくれて仲のいい友だちになり僕の家まで来ていっしょに遊び僕とふたりで食卓をかこんで僕のお皿から食べ僕の杯から飲み僕のベッドで寝てくれたならばいままで誰も見たことがないようなすてきなドレス帰りに持たせてあげましょう」。

いいわカエルさんと娘はすぐに答えました。それじゃあたしたち今日からお友だちねさああなたのおうちへ行きましょう」。

それを聞いたカエルはうれしそうに水からあがり近くの森へぴょこぴょこと跳ねていきましたやがて暗い森の奥まで来るとそこにはみすぼらしい一軒の小屋がありました娘はその小屋のなかで一日じゅうカエルの相手をしてやりましたそしてこの新しい友だちが望むのでイボだらけの醜い顔になんどもキスをしました。

やがて夕方になるとカエルは金でできた衣装箱を出してきてなかのドレスを娘にくれましたそれはほんとうにすばらしいものでしたたとえ伯爵家お嬢さまでもこんなに美しい服は持っていないことでしょう娘はおおよろこびでお礼を言うとドレスをかかえて小屋を出ましたするとカエルまたなにかほしいものができたらいつでもたずねていらっしゃいと言って帰っていく友だちを見送りました。

家へ戻った娘はもらったドレスをいそいで隠すと服を脱いでベッドのなかにもぐりこみましたちょうどそのとき父親が仕事から帰ってきて家の戸をあけましたそして言いつけておいたことがなにひとつかたづいていないのを目にすると娘のところへやってきてきびしい声でわけをたずねましたそこで娘はベッドから顔を出すとごめんなさいお父さまあたし今日はとてもぐあいが悪かったものだからいままでずっと寝ていたのいそいでお夕飯のしたくするからちょっとだけ待っていてねと言いましたその顔があんまり赤かったので父親はきっとひどい熱があるのだろうと思いこの日ばかりは怒らずにゆるしてくれました。


著者結社異譚語り
2008年11月24日ページ公開
2011年9月4日最終更新