◆ Märchen << HKM2 < i ii iii iv v vi vii
次の朝、若い伯爵は娘を迎えにやってきて、お城へ連れていきました。そこではもうすっかり結婚式の用意ができていて、あとはふたりが来るのを待つばかりとなっていました。やがて花嫁があらわれると、誰もがその美しさに見とれてため息をつきました。
ところで、伯爵にはとても仲のよい双子の弟がいて、困ったときには助けあおうと固く約束を交わしていました。お城がひとつしかなかったので、この人はもうずいぶん昔に旅へ出てしまいましたが、門の前で別れるときに、兄弟はかたわらの木にぴかぴかのナイフを刺しておきました。それからというもの、伯爵が病気のときにはこのナイフの上側の刃がくもり、元気になればナイフもかがやきを取り戻しました。下側の刃はいつもぴかぴかに光っていたので、伯爵はその前をとおるたびに、弟が無事でいるとわかって安心するのでした。
けれども、花嫁を連れて戻ってみると、ナイフの下側は半分までさびて、刃がぼろぼろになっていました。それを見た兄は「弟の身の上に大きな災難が降りかかったにちがいない。でも、もしかすると助けることができるかもしれないぞ。ナイフの残り半分は、まだぴかぴかに光っているんだから」と考えて、いそいでさがしに行こうときめました。そして、いとしい娘にわけを告げると「血をわけた弟を見捨てるような男が、君にふさわしいとは思えない。だけど、ちっとも心配はいらないよ。あっというまに用事をすませて、すぐに戻ってくるからね」と言いました。「なぜって、私は魔法の馬を持っているんだ。その馬は風より速く走れるし、いざというときは身がわりになって、主人である私を守ってくれるんだよ」。
それから、伯爵は召使いたちに「私が戻るまでのあいだ、花嫁になにひとつ不自由な思いをさせないように」と言いつけました。そして剣を帯びると、魔法の馬の背にまたがり、またたくまに城門から飛びだしていきました。
矢のように国じゅうをかけまわった伯爵は、すぐに弟のゆくえをつきとめました。勇敢な弟は、人びとを苦しめている竜を退治しに、東の果ての国へ向かったというのです。そこで伯爵も馬を駆り、ななつの高い山をこえて、竜のすみかへとやってきました。うす暗い洞窟のまわりには、人のかたちをした石の像がたくさんころがっていて、そのなかには弟の姿もありました。それを見た伯爵は馬をおり、剣を抜いて洞窟へと入っていきました。やがていちばん奥まで来ると、そこでは竜がとぐろを巻いて、いびきをかきながら眠っていました。ところが、伯爵が足音をしのばせてそっと近づこうとしたとたん、竜は大きなくしゃみをして「人くさい、人の肉のにおいがするぞ」と言いました。そして首をもたげて目を見ひらくと、呪いのまなざしで伯爵をにらみつけました。
けれども、伯爵が弟と同じ姿になることはありませんでした。ただそとで待っていた馬が、石に変わっただけだったのです。そこで竜は、こんどは口をひらいて炎を浴びせかけたのですが、やっぱり効きめはありませんでした。そしてもう、伯爵の剣で首を落とされるよりほかありませんでした。
竜が死ぬと、石にされていた人たちはみんな生き返りました。伯爵の弟もまた元気になって、兄と抱きあい、再会をよろこびました。それからふたりはまた別れて、弟はそのまま旅をつづけ、兄は花嫁の待つお城へといそぎました。けれども帰り道では、伯爵はふつうの馬に乗らなければなりませんでした。主人の身がわりとなった魔法の馬は、まっ赤に焼けてこなごなになってしまっていたからです。
さて、そのころ娘はといえば、お城ですばらしい暮らしをしていました。もう掃除も洗濯もする必要はなく、自分で料理をしなくても、食べたいものが好きなだけテーブルに並べられるのです。伯爵はなかなか帰ってきませんでしたが、さびていたナイフの刃がもとどおりになって、上も下もぴかぴかにかがやいていたので、弟ともども無事でいることがわかりました。そこで娘はすっかり安心して、毎日を楽しく過ごしていました。そうして暮らしているうちに、娘のおなかはだんだん大きくなって、やがてあの美しいドレスも着られなくなってしまいました。
季節が変わり、さらにまた別の季節がおとずれたころ、若い伯爵はようやく自分のお城へたどりつきました。城門をくぐった伯爵は、まっさきにいとしい花嫁のもとへとかけつけたのですが、その姿をひと目見たとたん、結婚する気をすっかりなくしてしまいました。そして娘をお城から追いだすと、二度となかへ入れてくれませんでした。
こうして娘は、父親が暮らすもとの家へと帰っていきました。ところがこの父親は、戻ってきた娘の姿を目にすると「おまえはもううちの子じゃない。どこなりと、好きなところへ行ってしまえ」と言って、家の戸をしめてかんぬきをおろしてしまいました。そしていくら呼んでも、二度と顔を見せようとはしませんでした。
そこで娘は、またあの古い友だちに助けてもらおうと考えて、森のなかへと入っていきました。ところが、あのときの小屋はかげもかたちもなくなっていて、どこをさがしても見つかりませんでした。そして娘は、二度と醜いカエルに会うことがありませんでした。
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著者:結社異譚語り | |||
2008年 | 11月 | 24日 | ページ公開 |
2011年 | 9月 | 4日 | 最終更新 |