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異譚メルヘン第二話カエルのおじさま


そうするうちにやがてお祭りの日がやってきました教会の鐘が日没の祈りの刻を告げるころ父親は娘を呼びつけて私の帽子としまってあるいい服を持ってきてそれから靴をみがいてくれないかそろそろお祭りに行く時間だからねと言いましたそして身じたくがととのうとおまえは留守番をしていなさいと言い残しひとりで出かけてしまいましたけれども娘はその姿が見えなくなるやいなやすぐにドレスの隠し場所へと飛んでいきましたうす汚れたぼろを脱いでそでをとおしてみるとそのドレスはまるで娘のためにあつらえたようにぴったりでとてもよく似合っていましたそこで娘はすっかりうれしくなっていそいそとお祭りへ出かけていきました。

娘が広場に顔を見せるとそこにあつまっていた人たちはみんなびっくりして道をあけました誰もそれがいつもみすぼらしいなりをしていた娘だとは気がつきませんでした父親ももちろんそこにいたのですがやっぱり自分の娘だと見わけることができずあれはどこのお嬢さまだろうと思っていましたドレスを身につけた娘はそれほどきれいだったのですそれにこの父親は自分の娘は家にいてほこりまみれで働いているものとばかり考えていました。

さて広場のまんなかではすでにとびきりのおめかしをした若者や娘たちがリュートの音にあわせてにぎやかに踊っているところでした踊りの輪に入ることができるのはまだ結婚していない人だけでしたそのなかにはこのあたりを治めている若い伯爵の姿もあって誰より軽やかにステップを踏んでいましたこの人は遅れて来た娘を目にするや輪を抜けて迎えにやってきて手を引いてみんなのところへ連れていきましたそしてもうほかの娘のことなんて見ようとしませんでした。

はじめてのお祭りの夜はとても楽しく時間は飛ぶように過ぎていきましたけれども娘はそうして踊っているあいだじゅうずっと耳を澄ませておくのを忘れませんでしたなぜなら向こうでお酒を飲んでいる大人たちは宵の祈りの刻になると家へ帰ってしまうからですそういうわけでやがて教会の鐘が鳴りひびくと娘はすぐに踊るのをやめてするりとみんなのなかから抜けだしました。

それを見た伯爵あとを追いかけて引きとめようとしましたこの美しい娘とまだまだいっしょに踊っていたかったのですところが娘は風のように走り去りあっというまに姿を消してしまいましたそしていくらさがしてもどこへ行ったのかさっぱりわかりませんでした伯爵はひどく残念に思ってもう広場へ戻る気にもならずそのままお城に帰ってしまいました。

娘が家へ戻ると父親もすぐに帰ってきましたところがこの人はいつもの汚い服で出迎えた娘を見ていままでずっと家にいたものとしか思いませんでしたそしていい服を脱いで娘にかたづけさせるとベッドに倒れこんでさっさと寝入ってしまいました。

ところでこのお祭りは三日のあいだつづくことになっていました次の朝になると娘は別のドレスがほしくなって家の仕事も手につかなくなりましたそこで娘は父親のところへ行くときのうはあたし寝る前のお祈りを忘れてしまったのいまから教会へ行って神父さまざんげしてきてもいい?とたずね出かけることをゆるしてもらいましたけれどもそれはうそでしたほんとうはお祈りを忘れたりなんてしていなかったし神父さまざんげを聞いてもらうつもりもなかったのです家をあとにした娘はまっすぐに教会の前をとおり過ぎるとそのまま森へ入っていきました小屋にいた醜いカエル仲よしの娘の声を耳にするやすぐに飛んできて戸をあけましたそこで娘はまたカエルの言うとおりになってよろこばせてやりました。

こんどもらったドレス前よりいっそうすばらしいものでしたたとえ公爵家お嬢さまでもこんなに美しい服は持っていないことでしょう娘はとてもよろこんでカエルに別れを告げるといそいでへ戻りましたそれからドレスを隠して家に入ると父親のしたくを手伝って送りだし自分も着がえてお祭りに出かけていきました。

娘がやってきたときには若い人たちはとっくにあつまって輪になって踊りはじめていましたけれどもあの若い伯爵みんなのなかには入らずにただ近くで立っているだけでしたきのうの美しい娘といっしょでなければちっとも踊る気になんてなれなかったのですそして娘の姿を見つけるとすぐにそばへやってきて手を取ってみんなのところへ連れていきました。

そうして楽しく踊っているとやがて教会の鐘が鳴りわたり宵の祈りの刻を告げました娘はちゃんと耳を澄ませていていそいで踊りの輪を離れにぎやかな広場をあとにしました伯爵はこんどこそ娘を引きとめようと思っていたのですがやっぱり追いつくことができませんでしたそしてまたすぐにその美しい後ろ姿を見うしなうと肩を落としてひとりお城へ戻るよりほかありませんでした。

家についた娘はすばやくもとのかっこうに戻ると美しいドレスを隠してしまいましたそこで帰ってきた父親はなにも気づきませんでした。


著者結社異譚語り
2008年11月24日ページ公開
2011年9月4日最終更新