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異譚メルヘン第二話カエルのおじさま


それからというもの娘はどこへ行っても気味悪がられ誰からも避けられるようになりました醜いカエルをひと目見るや家にこの親子を置いてやろうとする人はいなくなりましたそうして長いことさまよいつづけているうちに娘はやがて疲れはてもうそこからさきへは歩けなくなってしまいました。

ところでそれは広い畑を持っている裕福なお百姓の家の前でしたこの家のあるじは見かけない娘がおもてでうずくまっているのを目にすると呼びよせてたずねました。君は誰かねそこでいったいなにをしている?」

そこで娘はわたしは友だちから見捨てられたあわれな娘ですどこにも行くところがありませんと答えましたするとあるじは、

そういうことならここで働かせてやろうと言いました。うちにはあんまり人がたりなくてカエルの手でも借りたいほどなんだよ」。

こうして娘はそのお百姓のもとで働くことになりましたけれども前掛けにしがみついたカエルがうるさく鳴いてばかりいるのでこの親子は家畜小屋で寝起きしなければならず食事もほかの人たちといっしょには取れませんでしたそればかりか家の人たちはみんな娘が気に入らずいやな仕事はなんでも押しつけてそのうえひどいいじわるをするのでしたそういうわけでこの娘はいつもひとりぼっちでだれも望まないような仕事ばかりしていなければなりませんでした。

そうして暮らすうちにいつしか父親のもとにいたときよりも長い月日が過ぎ去りましたカエルはすっかり大きくなりましたがあいかわらず母親の前掛けにしがみついているばかりで自分ではなにもしようとしませんでしたそしていつになっても言葉をおぼえずただゲコゲコと鳴くことしかできませんでしたけれども食べることだけはすっかりいちにんまえで母親と食事をわけあうだけではたりませんでしたそこで母親は仕事のあいまに森へ行っていちごや木の実を拾ってこなければなりませんでしたそういうときもこの息子は知らん顔で食べものさがしを手伝ったりせず近くの泉へ跳ねていってひとりで遊んでいるのでした。

そんなある日のことですいつものように母親が森で木の実をあつめていると若い娘がひとり楽しそうに歌いながら近くをとおりかかりましたその娘はひどくみすぼらしいなりをしていたのですが腕のなかにはとてもきれいな伯爵家お嬢さまでさえ持っていないほどすばらしいドレスをかかえているのでしたそれでこのかわいそうな母親は昔を思いだししまってある自分のドレスを見たくなりましたところが小屋へ戻ってみるとあの大切なドレスは一着なくなっていてどこをさがしても見あたりませんでしたやがて息子が帰ってくると母親はドレスのことをたずねてみたのですがこの子はあいかわらずゲコゲコと鳴くばかりでなにも答えはしませんでした。

次の日また母親が食べものをさがしているとあのみすぼらしい娘が別のドレスをかかえてとおりかかりましたそれは公爵家お嬢さまでも持っていないほど美しいドレス娘はあっというまに走り去っていきました母親が小屋へ戻って見てみると自分のドレスはもう一着しか残っておらずあとは消えていましたそして帰ってきた息子にたずねてもそのゆくえはわかりませんでした。

そこで母親は次の朝は早くから森へ出かけていきましたそしてあの娘がやってくると呼びとめて言いました。あなた醜いカエルのところへ行くつもりねでももうそんなことはやめなさい」。

娘がわけをたずねるので母親はこう答えました。ものをもらうかわりに言うことを聞いてやるなんてそんなの友だちとは呼ばないのよいいあなたがしているのは人に言えないようなとても恥ずかしいことだわだからもう二度とあのカエルには会わないと約束してちょうだいこんなことをしているとかならず後悔することになるんだから」。

ところがこの娘はそんな母親をうるさがってそんなのあたしの勝手でしょう? おばあさんには関係ないじゃないと言いましたそしてドレスはいまだから必要なの年を取ってから手に入れたって遅いのよと言い残すとさっさとどこかへ行ってしまいました。

こうしてひとり残された母親はみじめに帰っていくよりほかありませんでした衣装箱はすっかりからになっていて大切にしていたドレスはあとかたもありませんでしたやがてカエルが戻ってくると母親は言いました。たとえもう着られないとしてもあたしはあのドレスのためにいままでさんざんつらい思いをしてきたのよそれをおまえはどこへやってしまったの? いいかげんにちゃんと答えなさいしゃべれることはわかってるんだからね」ところがそれでもこのカエルはいつものようにゲコゲコと鳴くばかりでなにを言っているのかわかりませんでしたそこで母親はすっかり頭にきて壁にかかっていた包丁をつかむとカエルのおなかをちからいっぱい刺してしまいました。

ところが醜いカエルの皮がふたつに裂けるとそのなかから母親にそっくりのとても美しい若者が姿をあらわしたのでしたこの若者は母親を抱きしめると言いました。ようやく呪いが解けましたもう二度とつらい思いはさせません」。


著者結社異譚語り
2008年11月24日ページ公開
2011年9月4日最終更新