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異譚メルヘン第一話一卵性兄妹


いけにえの子が生き返ってから千年を数えない時代のことですある森のそばに石ほども年を取りたいそう強いちからを持った魔女がいましたこの魔女には若くてきれいな娘がひとりあって悪い虫がつかないよう大切に育てられていましたやがて娘が年ごろになると年老いた母親は魔術の手ほどきをはじめましたいずれはりっぱな魔女になって自分を助けてくれたらと考えていたのです。

そんなある日のこと母親は娘を呼んで言いました。おまえもそろそろ使い魔を持っていいころだあたしが地獄まで行っていちばんいい悪魔を見つけてきてやろうしばらく留守にするけどなまけて暮らしてるんじゃないよ教えてやった呪文をじょうずに唱えられるよう毎日練習していなさいそれから男どもには気をつけて家から出ないようにするんだよ」。

すると娘はわかったわお母さんとすなおに答えました。ちゃんとそのとおりにしてるから心配しないで行ってきて」。

それを聞いた母親は銀の指輪を取りだして娘の指にはめましたそこには古いルーネ文字で、

    われをその身に帯びしは

     なにびとにも触れられざるものなり

    このものに害をなさんと欲するは

     その害をおのが身へと受けるものなり

と刻まれているのでした。いいかいこの指輪をけっしてはずすんじゃないよと母親は念をおしました。これさえ身につけていればおまえは安全だしもし悪いやつがあらわれても逆にそいつをこらしめてくれるからね」。

すると娘はわかったわお母さんとすなおに答えました。ぜったいにはずしたりしないから心配しないで行ってきて」。

そこで母親はすっかり安心してホウキにまたがり飛びたっていきましたところがその姿が見えなくなったとたん娘は言いつけられたことをきれいに忘れてしまいましたそれというのもこの娘はほんとうは魔女になんてなりたくなくてふつうの村娘たちと同じようにしあわせなお嫁さんになるのが夢だったのです。

そういうわけで娘はさっさと家をあとにすると森へと遊びに出かけていきました近くのに住む木こりの若者がそこで仕事をしているはずでした娘はひそかにこの若者に心をよせていて斧をかついで森へ向かう姿をいつも窓から見つめていたのです風にのってひびいてくる斧が木を打つ澄んだ音が娘を若者のもとへと導きました。

いっぽうこの木こりの若者のほうでもいつも窓辺に見える美しい娘のことが以前から気になっていたのでしたそこで木かげに隠れている娘の姿に気がつくと仕事の手をとめて声をかけずにはいられませんでしたもっともそうして木々をはさんでおずおずと言葉を交わすのもそう長いあいだつづきはしませんでした。

すっかり仲よしになったふたりはもういちど会う約束をしました次の日はもっと楽しかったのでまた会わずにはいられなくなりましたそうして過ごしているうちにふたりはいつしか死ぬまでいっしょにいたいと思うようになりました。

やがて娘は銀の指輪がじゃまになり家に置いていくようになりましたするとほどなくくちばしの長い大きな鳥が飛んできて爪のさきほどの金の卵を娘の前掛けのポケットに入れていきましたそれはふたりの愛のあかしでした。


著者結社異譚語り
2008年11月24日ページ公開
2011年9月4日最終更新