◆ Märchen << HKM1 < i ii iii iv v vi vii viii ix
いけにえの子が生き返ってから、千年を数えない時代のことです。ある森のそばに、石ほども年を取り、たいそう強いちからを持った魔女がいました。この魔女には若くてきれいな娘がひとりあって、悪い虫がつかないよう大切に育てられていました。やがて娘が年ごろになると、年老いた母親は魔術の手ほどきをはじめました。いずれはりっぱな魔女になって、自分を助けてくれたらと考えていたのです。
そんなある日のこと、母親は娘を呼んで言いました。「おまえもそろそろ、使い魔を持っていいころだ。あたしが地獄まで行って、いちばんいい悪魔を見つけてきてやろう。しばらく留守にするけど、なまけて暮らしてるんじゃないよ。教えてやった呪文をじょうずに唱えられるよう、毎日練習していなさい。それから男どもには気をつけて、家から出ないようにするんだよ」。
すると娘は「わかったわ、お母さん」とすなおに答えました。「ちゃんとそのとおりにしてるから、心配しないで行ってきて」。
それを聞いた母親は、銀の指輪を取りだして、娘の指にはめました。そこには古いルーネ文字で、
われをその身に帯びしは
なにびとにも触れられざるものなり
このものに害をなさんと欲するは
その害をおのが身へと受けるものなり
と刻まれているのでした。「いいかい、この指輪をけっしてはずすんじゃないよ」と母親は念をおしました。「これさえ身につけていればおまえは安全だし、もし悪いやつがあらわれても、逆にそいつをこらしめてくれるからね」。
すると娘は「わかったわ、お母さん」とすなおに答えました。「ぜったいにはずしたりしないから、心配しないで行ってきて」。
そこで母親はすっかり安心して、ホウキにまたがり飛びたっていきました。ところが、その姿が見えなくなったとたん、娘は言いつけられたことをきれいに忘れてしまいました。それというのも、この娘はほんとうは魔女になんてなりたくなくて、ふつうの村娘たちと同じように、しあわせなお嫁さんになるのが夢だったのです。
そういうわけで、娘はさっさと家をあとにすると、森へと遊びに出かけていきました。近くの村に住む木こりの若者が、そこで仕事をしているはずでした。娘はひそかにこの若者に心をよせていて、斧をかついで森へ向かう姿を、いつも窓から見つめていたのです。風にのってひびいてくる、斧が木を打つ澄んだ音が、娘を若者のもとへと導きました。
いっぽうこの木こりの若者のほうでも、いつも窓辺に見える美しい娘のことが、以前から気になっていたのでした。そこで、木かげに隠れている娘の姿に気がつくと、仕事の手をとめて声をかけずにはいられませんでした。もっとも、そうして木々をはさんでおずおずと言葉を交わすのも、そう長いあいだつづきはしませんでした。
すっかり仲よしになったふたりは、もういちど会う約束をしました。次の日はもっと楽しかったので、また会わずにはいられなくなりました。そうして過ごしているうちに、ふたりはいつしか、死ぬまでいっしょにいたいと思うようになりました。
やがて娘は、銀の指輪がじゃまになり、家に置いていくようになりました。するとほどなく、くちばしの長い大きな鳥が飛んできて、爪のさきほどの金の卵を、娘の前掛けのポケットに入れていきました。それはふたりの愛のあかしでした。
Home <<< Mächen << HKM1 < ? ← Page. 1 / 9 → ↑
著者:結社異譚語り | |||
2008年 | 11月 | 24日 | ページ公開 |
2011年 | 9月 | 4日 | 最終更新 |