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異譚メルヘン第四話呪いをかけられた王子さま


いけにえの子が生き返ってから千年を数えない時代のことです大きな森のすぐ目の前に貧しい木こりが住んでいましたこの人はとてもじょうぶで生まれてこのかた病気というものをしたことがありませんでしたがある冬のさなか急にひどい熱を出して倒れてしまいましたそして寝こんだきりちっとも目をさまさずまるでそのまま死んでしまいそうに見えたので木こりのおかみさんはいてもたってもいられずに熱さましの薬草を採りに森へ出かけていきましたところがあたりはすっかり白い雪におおわれていて緑の草なんてどこにも見あたりませんでした。

そうしてあちこちさがしまわるうちにおかみさんはしだいに森の奥へと入りこみいつのまにかすっかり見知らぬところまでやってきていましたするとそこへ雪のように白いきれいな小鳥が飛んできて近くの木にとまって歌いはじめましたその鳴き声があんまり美しかったのでおかみさんはおもわず足をとめ耳を澄ませて聞き入らないではいられませんでしたひとしきり歌いおえると小鳥は枝から舞いおりてきておかみさんの目の前を飛んでいきましたあとについて歩いていくと森のなかにりっぱなお城が建っていて小鳥は高い塔のてっぺんにとまりましたそのお城のまわりには少しも雪がつもっておらずあおあおとした草花がいちめんにしげっていてまるで春のさかりのようでしたとりわけお城の裏手にある広場にはあらゆる種類の薬草がところせましと生えていてそのなかには熱さましになるハーブもたくさん見つかりましたおかみさんはたいそうよろこんで必要なだけかごにつみ取るといそいで来た道を帰っていきましたけれども歩きはじめてそれほどたたないうちにこの人はいつのまにかさっき薬草をつんだ広場へと戻ってきてしまいましたそしていくら家へ帰ろうとしてみても最後にはやっぱりこのお城にたどりつくばかりでどうしてもそこを離れることができないのでした。

そんなわけでおかみさんがひとりで途方に暮れているとふいに城壁の通用口の戸がひらきなかから熊の毛皮をかぶった男が姿をあらわしましたよそものの顔を目にするとこの男はひどくふきげんな声で王さまの庭で盗みを働いたやつは二度とこの森を出られないぞ!と言いましたおかみさんはこわくなって、

どうか見のがしてください夫が重い病気でどうしてもこの薬草が必要だったんですと言いましたすると熊の毛皮男は、

おまえさんが森を出る方法はひとつしかない娘のうちどれかひとりをおれによこすと約束することだそうすれば帰りの道を教えてやるし薬草もそのままくれてやろうと言いました。

その言葉を耳にしておかみさんはひどく悲しみました大切に育ててきたかわいい娘をこんな野蛮な男にゆだねるだなんてかわいそうでならなかったのですけれども最後には木こりがこのまま助からなかったとしたらあの子たちだってやっぱりみんな飢え死にしなければならないのだからと考えてしかたなく男に娘をひとりあげると約束しました。

すると熊の毛皮男このが見えなくなるまで目を離さずに来た道を後ろ向きで歩いていけばいいそうすればすぐに森から出られるだろうと言いましたそれから雪が解けたころ娘を迎えに行くぞと告げるとさっさとどこかへいなくなってしまいました。

そこでおかみさんは男から言われたとおりにお城のほうを向いたまま森のなかを戻っていきましたすると歩きはじめてそれほどたたないうちにこのお城はたくさんの木々のかげに隠れちっとも見えなくなりました足をとめたおかみさんが後ろを振り返ってみるとそこはもう森のはしで木立ちのあいまから自分の家が見えていましたようやく家に帰りついたおかみさんはいそいでお湯をわかして飲み薬をつくると病気の木こりのところへ持っていきました石のように眠っていた木こりひと口それを含ませると気がついておかみさんの名まえを呼びましたそしてもうひと口でからだを起こし残りをあっというまに飲みほして元気にベッドから立ちあがりましたそのときにはもうこの人の熱はきれいにさがっていていままで寝こんでいたようにはとても見えませんでした。

ところでこの夫婦には娘が三人あったのですがどの子もたいそう美しくおもてを歩けば誰もが振り向いて見ずにはいられませんでしたなかでも末の子がいちばんきれいでその美しさときたらばらの花を千あつめたよりももっと人目を引くほどでしたそんな娘たちの愛くるしい顔を見ているとおかみさんにはどうしても熊の毛皮男との約束を話すことができませんでしたそして毎日ひとりで心を痛めいつしかすっかりふさぎこむようになってしまいましたそのうち木こり奥さんのようすがおかしいことに気づいて心配してわけをたずねましたそこでおかみさんは薬草を採りに森へ行った日のことをなにもかも話して聞かせました。

すると木こりそいつはたしかにあまりろくな男じゃなさそうだだがたとえそうだとしてもいちど約束をしてしまったからにはやっぱり守らないとならないだろうなと言いました。とにかくほかにどうしようもなかったんだいまさら気に病んでもしかたがないさ娘たちにだってなにもほんとうのことを話さなくてもいいだろうその男が迎えに来たらちょっとしたおつかいだとでも言ってどれかひとりを行かせてしまえばすむことだ」それからこの人はわけ知り顔でまあなんにせよ娘なんていずれはもらわれていくもんだ相手が熊だろうと羊だろうと司祭さまだろうとたいしてちがいはないものさとつけくわえそれでおかみさんをなぐさめたつもりになっていました。

ところがちょうどそのとき上のふたりの姉たちは部屋の窓のすぐそとにいて父親と母親の話をみんな聞いていたのでしたこの人たちは顔はきれいで白かったのですが心のなかは醜くまっ黒でしたいまだってうまいこと末の妹を言いくるめめんどうな仕事をみんな押しつけて自分たちは庭でぶらぶらしていたのです。熊の毛皮男のところだなんてまっぴらごめんだわと姉たちは考えました。そんなのはあの子を行かせてやればいいのよ」。

そこでふたりはこの話はあの子には内緒にしておきましょうときめました。そうすればあの子はなんにもわからずに平気でその人さらいについていくわわたしたちはただいつもみたいにうまく立ちまわって貧乏くじを引かされないように気をつけていればいいだけよ」そしてこれで末の妹をやっかいばらいできるかと思うとうれしくてしかたがありませんでしたそれというのもこの姉たちは自分より妹のほうが美しいことをずっとねたんでいていっそどこかへいなくなってしまえばいいのにといつもひそかに願っていたからです。


著者結社異譚語り
2009年9月21日ページ公開
2011年9月4日最終更新