◆ Märchen << HKM4 < i ii iii iv v vi vii viii ix x xi xii xiii
いけにえの子が生き返ってから、千年を数えない時代のことです。大きな森のすぐ目の前に、貧しい木こりが住んでいました。この人はとてもじょうぶで、生まれてこのかた病気というものをしたことがありませんでしたが、ある冬のさなか、急にひどい熱を出して倒れてしまいました。そして寝こんだきりちっとも目をさまさず、まるでそのまま死んでしまいそうに見えたので、木こりのおかみさんはいてもたってもいられずに、熱さましの薬草を採りに森へ出かけていきました。ところが、あたりはすっかり白い雪におおわれていて、緑の草なんてどこにも見あたりませんでした。
そうしてあちこちさがしまわるうちに、おかみさんはしだいに森の奥へと入りこみ、いつのまにかすっかり見知らぬところまでやってきていました。するとそこへ、雪のように白いきれいな小鳥が飛んできて、近くの木にとまって歌いはじめました。その鳴き声があんまり美しかったので、おかみさんはおもわず足をとめ、耳を澄ませて聞き入らないではいられませんでした。ひとしきり歌いおえると、小鳥は枝から舞いおりてきて、おかみさんの目の前を飛んでいきました。あとについて歩いていくと、森のなかにりっぱなお城が建っていて、小鳥は高い塔のてっぺんにとまりました。そのお城のまわりには少しも雪がつもっておらず、あおあおとした草花がいちめんにしげっていて、まるで春のさかりのようでした。とりわけお城の裏手にある広場には、あらゆる種類の薬草がところせましと生えていて、そのなかには熱さましになるハーブもたくさん見つかりました。おかみさんはたいそうよろこんで、必要なだけかごにつみ取ると、いそいで来た道を帰っていきました。けれども、歩きはじめてそれほどたたないうちに、この人はいつのまにか、さっき薬草をつんだ広場へと戻ってきてしまいました。そしていくら家へ帰ろうとしてみても、最後にはやっぱりこのお城にたどりつくばかりで、どうしてもそこを離れることができないのでした。
そんなわけで、おかみさんがひとりで途方に暮れていると、ふいに城壁の通用口の戸がひらき、なかから熊の毛皮をかぶった男が姿をあらわしました。よそものの顔を目にすると、この男はひどくふきげんな声で「王さまの庭で盗みを働いたやつは、二度とこの森を出られないぞ!」と言いました。おかみさんはこわくなって、
「どうか見のがしてください。夫が重い病気で、どうしてもこの薬草が必要だったんです」と言いました。すると熊の毛皮男は、
「おまえさんが森を出る方法はひとつしかない。娘のうちどれかひとりを、おれによこすと約束することだ。そうすれば帰りの道を教えてやるし、薬草もそのままくれてやろう」と言いました。
その言葉を耳にして、おかみさんはひどく悲しみました。大切に育ててきたかわいい娘を、こんな野蛮な男にゆだねるだなんて、かわいそうでならなかったのです。けれども最後には、木こりがこのまま助からなかったとしたら、あの子たちだってやっぱりみんな飢え死にしなければならないのだから、と考えて、しかたなく男に娘をひとりあげると約束しました。
すると熊の毛皮男は「この城が見えなくなるまで目を離さずに、来た道を後ろ向きで歩いていけばいい。そうすれば、すぐに森から出られるだろう」と言いました。それから「雪が解けたころ、娘を迎えに行くぞ」と告げると、さっさとどこかへいなくなってしまいました。
そこでおかみさんは、男から言われたとおりに、お城のほうを向いたまま森のなかを戻っていきました。すると、歩きはじめてそれほどたたないうちに、このお城はたくさんの木々のかげに隠れ、ちっとも見えなくなりました。足をとめたおかみさんが後ろを振り返ってみると、そこはもう森のはしで、木立ちのあいまから自分の家が見えていました。ようやく家に帰りついたおかみさんは、いそいでお湯をわかして飲み薬をつくると、病気の木こりのところへ持っていきました。石のように眠っていた木こりは、ひと口それを含ませると、気がついておかみさんの名まえを呼びました。そしてもうひと口でからだを起こし、残りをあっというまに飲みほして、元気にベッドから立ちあがりました。そのときにはもう、この人の熱はきれいにさがっていて、いままで寝こんでいたようにはとても見えませんでした。
ところで、この夫婦には娘が三人あったのですが、どの子もたいそう美しく、おもてを歩けば誰もが振り向いて見ずにはいられませんでした。なかでも末の子がいちばんきれいで、その美しさときたら、ばらの花を千あつめたよりももっと人目を引くほどでした。そんな娘たちの愛くるしい顔を見ていると、おかみさんにはどうしても、熊の毛皮男との約束を話すことができませんでした。そして毎日ひとりで心を痛め、いつしかすっかりふさぎこむようになってしまいました。そのうち木こりも、奥さんのようすがおかしいことに気づいて、心配してわけをたずねました。そこでおかみさんは、薬草を採りに森へ行った日のことを、なにもかも話して聞かせました。
すると木こりは「そいつはたしかに、あまりろくな男じゃなさそうだ。だがたとえそうだとしても、いちど約束をしてしまったからには、やっぱり守らないとならないだろうな」と言いました。「とにかく、ほかにどうしようもなかったんだ。いまさら気に病んでもしかたがないさ。娘たちにだって、なにもほんとうのことを話さなくてもいいだろう。その男が迎えに来たら、ちょっとしたおつかいだとでも言って、どれかひとりを行かせてしまえばすむことだ」。それから、この人はわけ知り顔で「まあなんにせよ、娘なんていずれはもらわれていくもんだ。相手が熊だろうと羊だろうと司祭さまだろうと、たいしてちがいはないものさ」とつけくわえ、それでおかみさんをなぐさめたつもりになっていました。
ところがちょうどそのとき、上のふたりの姉たちは、部屋の窓のすぐそとにいて、父親と母親の話をみんな聞いていたのでした。この人たちは、顔はきれいで白かったのですが、心のなかは醜くまっ黒でした。いまだって、うまいこと末の妹を言いくるめ、めんどうな仕事をみんな押しつけて、自分たちは庭でぶらぶらしていたのです。「熊の毛皮男のところだなんて、まっぴらごめんだわ」と姉たちは考えました。「そんなのは、あの子を行かせてやればいいのよ」。
そこでふたりは「この話は、あの子には内緒にしておきましょう」ときめました。「そうすれば、あの子はなんにもわからずに、平気でその人さらいについていくわ。わたしたちはただ、いつもみたいにうまく立ちまわって、貧乏くじを引かされないように気をつけていればいいだけよ」。そして、これで末の妹をやっかいばらいできるかと思うと、うれしくてしかたがありませんでした。それというのもこの姉たちは、自分より妹のほうが美しいことをずっとねたんでいて、いっそどこかへいなくなってしまえばいいのに、といつもひそかに願っていたからです。
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著者:結社異譚語り | |||
2009年 | 9月 | 21日 | ページ公開 |
2011年 | 9月 | 4日 | 最終更新 |