◆ Märchen << HKM4 < i ii iii iv v vi vii viii ix x xi xii xiii
そんなことがあってからというもの、この美しい王子さまとお妃さまは、おたがいにすっかり心をゆるし、ほんものの夫婦なんかよりもずっと仲よしになりました。男の服を着て暮らす王子さまのことを、お妃さまはかたわらでそっと気づかい、王子さまはみずみずしい薬草で裏庭をいっぱいにして、お妃さまにいつも元気をくれるのでした。ふたりをへだてるものはもうなにもなく、相手のことはみんなわかっていて、自分たちのほかには誰もいなくてかまいませんでした。そしてかたときもそばを離れようとせず、ずっとふたりでよりそって過ごしているので、まわりの人たちは近づくこともできなくなってしまったほどでした。王子さまの呪いを解く手だては、おおぜいの学者たちにしらべさせてもさっぱり見つかりませんでしたが、この人たちはまるで気にもとめず、それはしあわせな毎日を送っていました。
ところで、この王子さまにはほかに兄弟がなく、やがては王さまのあとを継がなければなりませんでした。そこでまわりの人たちは、こんどは王子さま自身にも、早く子どもが生まれてほしいと思っていました。もしお世継ぎができなければ、この国をおさめる王家の血すじが、いずれはとだえてしまうからです。けれども若いお妃さまには、何年たってもいっこうに子どもができませんでした。そこでみんなは心配になって、あの人はお妃さまにふさわしくないのではないか、とあちこちでうわさするようになりました。そんな話を耳にするたびに、王子さまはひどく心を痛め、罪のないお妃さまをかばってまわりました。そしてとうとう、お世継ぎの話はいっさいしてはならない、というおふれを出したのですが、それでも人々が隠れて陰口をたたくのをやめさせることはできませんでした。すると、あれほど元気に生えていた裏庭の薬草たちが、見るまにしおれて枯れていき、いくら新しい苗を植えてもけして根づかなくなってしまいました。王子さまはすっかり気を落とし、もう笑いもしなければ口をきくこともなく、部屋にこもったきりちっともそとへ出てこなくなりました。お妃さまはとても悲しくなって、毎朝ひとりでお城を抜けだしては、誰もいない森のなかで日々を過ごすようになりました。
そんなある日のこと、お妃さまがいつものように森へ出かけ、小さな泉のほとりに腰をおろしていると、ひどくむさくるしいふたりの旅人がそこをとおりかかりました。着ている不潔な服といい、伸びほうだいの髪やひげにおおわれた顔といい、その人たちの汚らしさときたら、とても同じ人間とは思えないほどでした。ところでそれは、昔このお妃さまの姉だった人たちでした。男の姿に変えられてからというもの、このふたりはもう誰からも見向きをされなくなり、とうとう身なりにこれっぽっちも気をつかわなくなってしまったのです。そのうえこの人たちは、どこへ行っても嫌われるばかりで、落ちつくさきを見つけることもできませんでした。そこで、あてもなくあちこちをさまよいながら、わが身におとずれた不幸を嘆き、おたがいをなぐさめあってみじめに生きているよりほかありませんでした。
そんなわけで、お妃さまもはじめのうちは、その男たちが誰だかちっともわかりませんでした。けれどもこの人たちは、いっしょに暮らしていたころの話をあれこれ聞かせ、自分たちの身になにが起きたのかを教えました。そこでようやくお妃さまにも、相手が自分の姉だった人たちなのだとわかりました。お妃さまは再会をとてもよろこんで、兄たちのことを抱きしめました。ところでこの兄たちは、妹がまるでお姫さまのようななりをしているので、ふしぎに思ってわけをたずねました。そして、美しい王子さまと結婚したことがわかると、ねたましさのあまり黄色くなったり緑色になったりしました。自分たちがこんなにあわれな暮らしをしているというのに、ひとりだけしあわせになっていただなんてゆるせなかったのです。そこで兄たちは、妹を気づかうふりをして「だけどおまえ、お妃さまになったというわりには、どうも元気がないようだね」と言いました。「もしなにか困ったことがあるなら、遠慮しないで話してごらん。おれたちがちからになれるかも知れないよ」。
その言葉を聞くと、妹はこらえきれずに泣きだして「あたし、お城にいるのがつらいの。いつまでも子どもができないせいで、まわりの人たちがみんなして、あたしはお妃さまにふさわしくないってうわさしてるんだもの」と言いました。「だけどね、それはあたしのせいじゃないのよ。だってあたしの王子さまは、魔女たちに呪いをかけられたせいで、いまは女の姿になってしまってるんだもの。その呪いが解けないうちは、あたしたちに子どもなんてできるはずないのよ」。
すると兄たちは「そうだね、おまえはちっとも悪くないよ」と言って妹をなぐさめましたが、心のなかでは「ふむ、こいつはいいことを聞いたぞ」としか考えていませんでした。「これまでひどい目にあってきたおれたちにも、ようやく幸運がめぐってきたらしいな。もしも王子さまが女だとしたら、そのお妃にはどう考えたって、おれたちのほうがふさわしいだろうよ。そんなに子どもがほしけりゃ、王子さま自身に産ませてやればいいのさ」。
そんなわけで、この人たちはふたりでしめしあわせると、妹から王冠を奪い取り、さんざんひどい目にあわせたあげくに、泉にしずめて殺してしまいました。それからむさくるしい兄たちは、ひさしぶりに女の服を着て、うれしそうにお城へとやってきました。そして、お妃さまの姉だと名乗ると、妹のことで大切な話がある、と王子さまに伝えさせました。やがて王子さまの部屋へとおされると、この人たちは「残念ですが、悪い知らせです。私たちの妹は、森で狼におそわれて死んでしまいました。見つけたときにはもう手遅れで、埋めてやるよりほかにできることはありませんでした。これがその証拠です」と言って、金の王冠を見せました。それを目にした王子さまは、おどろきのあまり気をうしなって倒れ、義兄たちに抱きとめてもらわなければなりませんでした。
それでもむさくるしい義兄たちは、持っていた強い蒸留酒を気つけにして、すぐにまたこの人の目をさまさせました。そして「お気の毒な王子さま。こうなったからには、私たちが新しいお妃となって、あなたのことをおなぐさめしましょう」と言いました。けれども、悲しみに暮れる王子さまは、
「せっかくだけど、そんな気づかいはいらないよ」と答えました。「わたしの妃は、あの人でなければだめなんだ。だからわたしは、もう死ぬまで誰とも結婚することはないだろう」。
ところが、むさくるしい義兄たちはまるで耳をかさず「いいえ、王子さま。あなたには、どうしたって私たちと結婚してもらわなければなりません」と告げました。「そうでなければ、私たちはあなたの秘密を、お日さまのしたで明らかにすることでしょう。教会をあざむき、女同士で結婚していたと知れれば、婚姻の秘蹟を冒涜した罪で、あなたは火あぶりにされてしまうのですよ」。
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著者:結社異譚語り | |||
2009年 | 9月 | 21日 | ページ公開 |
2011年 | 9月 | 4日 | 最終更新 |