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異譚メルヘン第四話呪いをかけられた王子さま


そんなことがあってからというものこの美しい王子さまお妃さまおたがいにすっかり心をゆるしほんものの夫婦なんかよりもずっと仲よしになりました男の服を着て暮らす王子さまのことをお妃さまはかたわらでそっと気づかい王子さまはみずみずしい薬草で裏庭をいっぱいにしてお妃さまにいつも元気をくれるのでしたふたりをへだてるものはもうなにもなく相手のことはみんなわかっていて自分たちのほかには誰もいなくてかまいませんでしたそしてかたときもそばを離れようとせずずっとふたりでよりそって過ごしているのでまわりの人たちは近づくこともできなくなってしまったほどでした王子さま呪いを解く手だてはおおぜいの学者たちにしらべさせてもさっぱり見つかりませんでしたがこの人たちはまるで気にもとめずそれはしあわせな毎日を送っていました。

ところでこの王子さまにはほかに兄弟がなくやがては王さまのあとを継がなければなりませんでしたそこでまわりの人たちはこんどは王子さま自身にも早く子どもが生まれてほしいと思っていましたもしお世継ぎができなければこの国をおさめる王家すじがいずれはとだえてしまうからですけれども若いお妃さまには何年たってもいっこうに子どもができませんでしたそこでみんなは心配になってあの人はお妃さまにふさわしくないのではないかとあちこちでうわさするようになりましたそんな話を耳にするたびに王子さまはひどく心を痛めのないお妃さまをかばってまわりましたそしてとうとうお世継ぎの話はいっさいしてはならないというおふれを出したのですがそれでも人々が隠れて陰口をたたくのをやめさせることはできませんでしたするとあれほど元気に生えていた裏庭の薬草たちが見るまにしおれて枯れていきいくら新しい苗を植えてもけして根づかなくなってしまいました王子さまはすっかり気を落としもう笑いもしなければ口をきくこともなく部屋にこもったきりちっともそとへ出てこなくなりましたお妃さまはとても悲しくなって毎朝ひとりでお城を抜けだしては誰もいない森のなかで日々を過ごすようになりました。

そんなある日のことお妃さまがいつものように森へ出かけ小さな泉のほとりに腰をおろしているとひどくむさくるしいふたりの旅人がそこをとおりかかりました着ている不潔な服といい伸びほうだいの髪やひげにおおわれた顔といいその人たちの汚らしさときたらとても同じ人間とは思えないほどでしたところでそれは昔このお妃さまの姉だった人たちでした男の姿に変えられてからというものこのふたりはもう誰からも見向きをされなくなりとうとう身なりにこれっぽっちも気をつかわなくなってしまったのですそのうえこの人たちはどこへ行っても嫌われるばかりで落ちつくさきを見つけることもできませんでしたそこであてもなくあちこちをさまよいながらわが身におとずれた不幸を嘆きおたがいをなぐさめあってみじめに生きているよりほかありませんでした。

そんなわけでお妃さまもはじめのうちはその男たちが誰だかちっともわかりませんでしたけれどもこの人たちはいっしょに暮らしていたころの話をあれこれ聞かせ自分たちの身になにが起きたのかを教えましたそこでようやくお妃さまにも相手が自分の姉だった人たちなのだとわかりましたお妃さまは再会をとてもよろこんで兄たちのことを抱きしめましたところでこの兄たちは妹がまるでお姫さまのようななりをしているのでふしぎに思ってわけをたずねましたそして美しい王子さま結婚したことがわかるとねたましさのあまり黄色くなったり緑色になったりしました自分たちがこんなにあわれな暮らしをしているというのにひとりだけしあわせになっていただなんてゆるせなかったのですそこで兄たちは妹を気づかうふりをしてだけどおまえお妃さまになったというわりにはどうも元気がないようだねと言いました。もしなにか困ったことがあるなら遠慮しないで話してごらんおれたちがちからになれるかも知れないよ」。

その言葉を聞くと妹はこらえきれずに泣きだしてあたしお城にいるのがつらいのいつまでも子どもができないせいでまわりの人たちがみんなしてあたしはお妃さまにふさわしくないってうわさしてるんだものと言いました。だけどねそれはあたしのせいじゃないのよだってあたしの王子さま魔女たちに呪いをかけられたせいでいまは女の姿になってしまってるんだものその呪いが解けないうちはあたしたちに子どもなんてできるはずないのよ」。

すると兄たちはそうだねおまえはちっとも悪くないよと言って妹をなぐさめましたが心のなかではふむこいつはいいことを聞いたぞとしか考えていませんでした。これまでひどい目にあってきたおれたちにもようやく幸運がめぐってきたらしいなもしも王子さまが女だとしたらそのお妃にはどう考えたっておれたちのほうがふさわしいだろうよそんなに子どもがほしけりゃ王子さま自身に産ませてやればいいのさ」。

そんなわけでこの人たちはふたりでしめしあわせると妹から冠を奪い取りさんざんひどい目にあわせたあげくに泉にしずめて殺してしまいましたそれからむさくるしい兄たちはひさしぶりに女の服を着てうれしそうにお城へとやってきましたそしてお妃さまの姉だと名乗ると妹のことで大切な話がある王子さまに伝えさせましたやがて王子さまの部屋へとおされるとこの人たちは残念ですが悪い知らせです私たちの妹は森でにおそわれて死んでしまいました見つけたときにはもう手遅れで埋めてやるよりほかにできることはありませんでしたこれがその証拠ですと言って金の冠を見せましたそれを目にした王子さまおどろきのあまり気をうしなって倒れ義兄たちに抱きとめてもらわなければなりませんでした。

それでもむさくるしい義兄たちは持っていた強い蒸留酒を気つけにしてすぐにまたこの人の目をさまさせましたそしてお気の王子さまこうなったからには私たちが新しいお妃となってあなたのことをおなぐさめしましょうと言いましたけれども悲しみに暮れる王子さまは、

せっかくだけどそんな気づかいはいらないよと答えました。わたしのあの人でなければだめなんだだからわたしはもう死ぬまで誰とも結婚することはないだろう」。

ところがむさくるしい義兄たちはまるで耳をかさずいいえ王子さまあなたにはどうしたって私たちと結婚してもらわなければなりませんと告げました。そうでなければ私たちはあなたの秘密をお日さまのしたで明らかにすることでしょう教会をあざむき女同士で結婚していたと知れれば婚姻の秘蹟冒涜したあなたは火あぶりにされてしまうのですよ」。


著者結社異譚語り
2009年9月21日ページ公開
2011年9月4日最終更新