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異譚メルヘン第四話呪いをかけられた王子さま


こうして娘はしばらくのあいだお城の裏庭で王子さまのお手伝いをすることになりましたところでこの王子さまほんとうに男の人とは思えないほどきれいでばらの世話係りの娘より千倍も美しいのでしたお城で暮らす人たちはその姿があんまりまぶしすぎるのでもし空にかがやく太陽を見つめることはできたとしても王子さまの顔はまっすぐに見ることができないほどでしたけれどもこの人はいつもひとりきりでハーブの相手ばかりしていてばらの花が咲きみだれる美しい庭園にもいちども来たことがありませんでした娘はそれをとてもふしぎに思ってあるときどうして王子さま庭園にはいらっしゃらないのですか?とたずねました。もし王子さまがお見えになったとしたらばらたちはそのかがやきに照らされていまよりもはるかに美しく咲くことでしょうに」。

すると王子さま君が手入れした庭のすばらしさはみんなから聞いて知っているよと答えました。でもねばらの花ってわたしはあんまり好きじゃないんだとてもきれいなのはわかるけどあの自信に満ちた美しさ見ているとなんだか疲れてしまってねそれよりもこうして薬草を育てているほうがずっといいよこの子たちの元気な姿を目にするとわたしもすごくうれしくなっていやなことなんてみんな忘れてしまうもの」。

そんなわけで王子さま誰も来ることのない裏庭で土まみれになるのもかまわずに一日じゅう楽しそうに薬草の世話をしているのでしたこの人にはちっとも飾ったところがなく大好きな薬草たちと同じようにいつも自然に生きているのでお手伝いの娘もいっしょにいるのが王子さまだということをすっかり忘れてしまったほどでしたおまけにこの王子さま幼い子どものように無邪気で屈託がなかったので娘もすぐにうちとけてまるでずっと昔から友だちだったみたいに仲よしになりましたふたりは毎日ちからをあわせて増えすぎてしまったハーブを広い場所に植えかえたり虫や病気をふせぐために灰をまいたり乾燥させて使うものをつんできて干したりしました。

そうして暮らしているとあっというまに娘のけがはよくなって傷あとも残らずきれいになりましたそれを見た王子さまもうすっかりいいみたいだね今日までほんとうにありがとうこんな薬草の世話だなんて君にはとても退屈だったろうによく手伝ってくれて助かったよと言いましたけれども娘は、

いいえ王子さまあたしちっとも退屈なんてしていませんでしたと答えました。いままで知りもしなかったけどこんなふうにして生きている草花があるんですねいつもすごくおだやかであたしもすっかりこの子たちが好きになってしまいましたもうこれでお別れかと思うとさみしくてしかたがありません」。

すると王子さまはおどろいて君がそう思っていたなんてちっとも知らなかったよと言いました。わたしはてっきり君は早くあの庭園に戻りたがっているとばかり考えていたものだから」。

だってほかになにができるでしょうと娘は答えました。あたしのとりえといったらばらの花美しく咲かせることだけなんです薬草の世話がいくら好きでも人よりじょうずにできるわけじゃありませんこれまで王子さまのお手伝いをしてきてもたいして役には立てなかったって自分でもわかっているんです」。

けれども王子さまそんなことないよ君がそばにいてくれてわたしはとてもうれしかったものと言いました。わたしはねまだほんの子どものころからここへ来ていたけどいっしょに薬草を育ててくれる人なんて誰もいなかったんだだからわたしは死ぬまでひとりで生きていくしかないと思ってたしいままではそれでちっともかまわなかったんだよだけど君とふたりで過ごすようになってから毎日がどれだけ楽しかったことだろうずっと黙っていたけれどほんとうのことを言うとね君が庭園に帰ったりしなければいいのにって心のなかではいつも思っていたんだよ」それからこの美しい王子さまねえもし君がこの子たちだけじゃなくわたしのことも好いてくれているのなら結婚していつまでもいっしょにいてもらえないだろうかとたずねたのですそこで娘も、

はい王子さまあたしあなたのことが好きですこれからさきほかの誰も愛することはないでしょうと答えたのでした。


著者結社異譚語り
2009年9月21日ページ公開
2011年9月4日最終更新