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こうして娘は、しばらくのあいだ、お城の裏庭で王子さまのお手伝いをすることになりました。ところでこの王子さまは、ほんとうに男の人とは思えないほどきれいで、ばらの世話係りの娘より千倍も美しいのでした。お城で暮らす人たちは、その姿があんまりまぶしすぎるので、もし空にかがやく太陽を見つめることはできたとしても、王子さまの顔はまっすぐに見ることができないほどでした。けれどもこの人は、いつもひとりきりでハーブの相手ばかりしていて、ばらの花が咲きみだれる美しい庭園にも、いちども来たことがありませんでした。娘はそれをとてもふしぎに思って、あるとき「どうして王子さまは、庭園にはいらっしゃらないのですか?」とたずねました。「もし王子さまがお見えになったとしたら、ばらたちはそのかがやきに照らされて、いまよりもはるかに美しく咲くことでしょうに」。
すると王子さまは「君が手入れした庭のすばらしさは、みんなから聞いて知っているよ」と答えました。「でもね、ばらの花ってわたしはあんまり好きじゃないんだ。とてもきれいなのはわかるけど、あの自信に満ちた美しさは、見ているとなんだか疲れてしまってね。それよりも、こうして薬草を育てているほうがずっといいよ。この子たちの元気な姿を目にすると、わたしもすごくうれしくなって、いやなことなんてみんな忘れてしまうもの」。
そんなわけで王子さまは、誰も来ることのない裏庭で、土まみれになるのもかまわずに、一日じゅう楽しそうに薬草の世話をしているのでした。この人にはちっとも飾ったところがなく、大好きな薬草たちと同じようにいつも自然に生きているので、お手伝いの娘も、いっしょにいるのが王子さまだということをすっかり忘れてしまったほどでした。おまけにこの王子さまは、幼い子どものように無邪気で屈託がなかったので、娘もすぐにうちとけて、まるでずっと昔から友だちだったみたいに仲よしになりました。ふたりは毎日ちからをあわせて、増えすぎてしまったハーブを広い場所に植えかえたり、虫や病気をふせぐために灰をまいたり、乾燥させて使うものをつんできて干したりしました。
そうして暮らしていると、あっというまに娘のけがはよくなって、傷あとも残らずきれいになりました。それを見た王子さまは「もうすっかりいいみたいだね。今日までほんとうにありがとう。こんな薬草の世話だなんて、君にはとても退屈だったろうに、よく手伝ってくれて助かったよ」と言いました。けれども娘は、
「いいえ、王子さま。あたし、ちっとも退屈なんてしていませんでした」と答えました。「いままで知りもしなかったけど、こんなふうにして生きている草花があるんですね。いつもすごくおだやかで、あたしもすっかりこの子たちが好きになってしまいました。もうこれでお別れかと思うと、さみしくてしかたがありません」。
すると、王子さまはおどろいて「君がそう思っていたなんて、ちっとも知らなかったよ」と言いました。「わたしはてっきり、君は早くあの庭園に戻りたがっているとばかり考えていたものだから」。
「だって、ほかになにができるでしょう」と娘は答えました。「あたしのとりえといったら、ばらの花を美しく咲かせることだけなんです。薬草の世話がいくら好きでも、人よりじょうずにできるわけじゃありません。これまで王子さまのお手伝いをしてきても、たいして役には立てなかったって、自分でもわかっているんです」。
けれども王子さまは「そんなことないよ。君がそばにいてくれて、わたしはとてもうれしかったもの」と言いました。「わたしはね、まだほんの子どものころからここへ来ていたけど、いっしょに薬草を育ててくれる人なんて誰もいなかったんだ。だからわたしは、死ぬまでひとりで生きていくしかないと思ってたし、いままではそれでちっともかまわなかったんだよ。だけど、君とふたりで過ごすようになってから、毎日がどれだけ楽しかったことだろう。ずっと黙っていたけれど、ほんとうのことを言うとね、君が庭園に帰ったりしなければいいのにって、心のなかではいつも思っていたんだよ」。それからこの美しい王子さまは「ねえ、もし君が、この子たちだけじゃなくわたしのことも好いてくれているのなら、結婚していつまでもいっしょにいてもらえないだろうか」とたずねたのです。そこで娘も、
「はい、王子さま。あたし、あなたのことが好きです。これからさき、ほかの誰も愛することはないでしょう」と答えたのでした。
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著者:結社異譚語り | |||
2009年 | 9月 | 21日 | ページ公開 |
2011年 | 9月 | 4日 | 最終更新 |