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そんなある日のこと、いつものように庭園へやってきた娘は、たくさんの葉の下に隠れてひそかに伸びていたばらの根に気がつかず、足を取られて転んでしまいました。倒れこんださきには、棘だらけの枝をひろげたばらのしげみが待ちかまえていて、憎たらしい世話係りのからだじゅうを思うぞんぶんに刺しました。そこで娘は、お城の台所のわきにある井戸のところまで走っていって、あふれてくる血と涙を洗い流さなければなりませんでした。
するとそこへ、王さまのひとり息子がとおりかかって、泣いている娘の姿を目にしました。その白い肌に刻まれた傷口があんまり深かったので、王子さまはおどろいて「これはひどい、すぐに手当てをしなければ。さあ君、わたしにつかまって」と言うと、そっと娘を抱きかかえ、お城の裏手にある広場へと連れていきました。そこにはあらゆる種類の薬草が生えていて、傷に効くハーブもたくさんあったのです。それから王子さまは、あちこちから薬草をつんでくると、シャツを裂いて包帯をつくり、娘のけがをひとつずつ手当てしていきました。この人がやさしく薬草をあてて包帯を巻くたびに、ひらいていた傷口はぴったりとふさがり、流れていた血もきれいにとまるのでした。
そんなわけで、やがて手当てがみんなすむと、娘は涙をふいて立ちあがり「ありがとうございました、王子さま。あたし、もう平気です。早く仕事に戻らないと」と言い、おじぎをして庭園へ帰ろうとしました。
ところが王子さまは、そんな娘を引きとめて「むりをしなくていいんだよ。かわいそうに、君は傷だらけじゃないか」と言いました。「これはきっと、庭園のばらたちのしわざだね。それも、新しい傷ばかりじゃなかった。ずっと前からこんな目にあっていたんだよね。ねえ君、そこまでしてばらの世話をつづけることはないんだよ」。
けれども、娘は首を横に振り「いいえ、王子さま。あたしがこのお城にいられるのは、ばらの花を美しく咲かせることができるからです。この服も宝石も、仕えてくれる侍女たちも広い部屋も、みんなそのためにいただきました。もしこの仕事をしないのなら、あたしにはなにもありません」と答えました。王子さまもそれを聞いて、
「わかった。それが君の望みなら、わたしはもうとめないよ」と言いました。「でもね、せめてこの傷がきちんとなおるまでは、ばらの世話はやすみなさい。それくらいはかまわないよね? 父上と庭番には、わたしが話をしておくから」。
それでも、娘は返事に困り「ええ、でも……そのあいだ、あたしはどうしていたらよいのでしょう。こうしてちゃんと働けるのに、なにもしないでやすんでいるとしたら、まわりの人たちがどう思うことか」と答えずにはいられませんでした。すると王子さまは、
「それもそうだね。ではもしよかったら、そのあいだわたしの手伝いを頼めるだろうか」とたずねたのでした。「わたしはいつも、ここへ来ていろいろな薬草を育てているんだけど、あんまりたくさん増えてしまったものだから、ひとりだと少し手がたりなくてね。ちょうど誰かの助けがほしいと思っていたところなんだ。それに君が来てくれれば、さっきの薬草をこまめに取りかえてあげられるから、それだけ早く傷をなおせるよ」。
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著者:結社異譚語り | |||
2009年 | 9月 | 21日 | ページ公開 |
2011年 | 9月 | 4日 | 最終更新 |