◆ Märchen << HKM4 < i ii iii iv v vi vii viii ix x xi xii xiii
やがてまた夜になり、寝室でやすむ時間が来ると、王子さまは花嫁に「今夜のことだけど、もういちどだけ別々に眠ってほしいんだ」と言いました。それを聞いたお妃さまは、
「ねえ王子さま、あなたはほんとうにあたしと結婚したかったの?」とたずねました。「薬草たちの世話を手伝うだけでよかったのなら、わざわざお妃さまにしてくれなくたって、あたしよろこんでやったのに」。
けれども王子さまは「どうかそんなことを言わないで。わたしだってほんとうは、ひと晩じゅう君のとなりにいたいと思ってる。だけどこれは、わたしたちにとってすごく大切なことなんだ。もう二度と君をひとりにしないと誓うから、今夜だけは言うとおりにしてくれないか」と答えるばかりで、どうあってもゆずろうとはしませんでした。そこでやっぱりお妃さまも、
「あなたがそこまで言うのなら」と答え、頼みを聞くよりほかありませんでした。すると王子さまは、花嫁の頬におやすみの口づけをして、ひとりで小部屋へ行ってしまいました。お妃さまは明かりを消してベッドによこたわりましたが、明日もまたあのご婦人がたに笑われてしまうのかと思うと、かたときも心がやすまらず、どうしても寝つくことができませんでした。長いことそうしているうちに、やがてお妃さまは、いったい王子さまがひとりでなにをしているのか、どうしても気になってしかたなくなりました。そしてもう、小部屋の戸の前まで行って、鍵穴からなかをのぞいて見ずにはいられませんでした。するとあの美しい王子さまが、寝間着姿でベッドのそばにひざまづき、胸の前で手を組んで、目をとじて祈っているところが見えました。ところがその姿は、どこから見ても女の人でした。お妃さまがそれを目にしたとたん、かかっていた鍵が音をたててはずれ、小部屋の戸がひとりでにひらきました。お妃さまはびっくりして「ねえ王子さま、あなたなの?」とたずねました。その女の人は、顔をあげてお妃さまを見ると、おおつぶの涙をぽろぽろとこぼして、
「わたしだよ」と答えました。そして「ほんとうの姿を知られたからには、もうこの結婚をつづけていくことはできないね。やっぱりわたしは、死ぬまでひとりきりで生きていくしかないみたいだ」と言うと、両手で顔をおおって泣きくずれてしまいました。けれどもお妃さまは、そんな女の人をやさしくなぐさめ、
「かわいそうに、あなたはずっとむりをして、男のかっこうをつづけてきたのね。だけど、もうあなたひとりで苦しまなくていいの。こんどはあたしが、あなたのちからになるから」と言いました。そこで女の人も、お妃さまにすっかりわけを話しました。この人は、生まれたときにはまぎれもなく男の子でしたが、王国を横取りしようとねらっていた魔女たちに呪いをかけられて、女の子の姿へと変えられてしまったのです。ところが王さまは、それでもこの子に国を継がせたくて、お姫さまではなく王子さまとして育てさせたのでした。それから月日は流れ、あれほど国じゅうを荒らしまわっていた魔女たちも、いつしかさっぱり見かけなくなってしまいましたが、この人はあいかわらず女のままでした。この人が呪いを解くためには、誰かと結婚してから三晩のあいだ、姿を見られずにひとりっきりで祈り明かさなければならなかったのです。
それを聞いたお妃さまは「ああ、なんていうことでしょう」と嘆かずにはいられませんでした。「あとほんの少しで、あなたはもとに戻れていたはずだったのに。まさか、あたしがそのじゃまをしてしまったなんて」。
けれども、女の人は首を振り「君のせいなんかじゃないよ」と言いました。「隠さずにきちんと話しておけば、こんなことにはならなかったんだもの。だけど、ほんとうは男じゃないとわかったら、君はきっとがっかりして、やっぱりわたしから離れていってしまったことだろうね」。
ところがお妃さまは「そんなことないわ」ときっぱり答えました。「だってあたし、お妃さまになりたかったわけじゃないもの。あなたといっしょに過ごしていると、あたしの心もきれいに澄んで、いやなことはみんな忘れてしまえるの。だからあたし、あなたという人を好きになったのよ。その気もちは、いまでもやっぱり変わってないわ。ほんとうは女の人だったからって、あなたはあなたのままだもの。そばを離れたいなんて思うはずがないわ」。それからお妃さまは、女の人のまぶたにそっと口づけすると、ふるえるその肩を抱きしめて「さあ、もう泣かないで。呪いを解く方法なら、きっとまだほかにもあると思うの。あたし、いつまでだって待てるわ。だって、相手があなたでないのなら、結婚なんてちっともする気になれないんだもの。だからこれからも、ずっとふたりで生きていきましょう」と言ったのです。そこで女の人も、
「君がそう言ってくれてすごくうれしいよ。だって、わたしもこんなに君のことが好きなんだもの。いつの日かきっと、君のほんとうの王子さまになってみせるからね」と答えたのでした。
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著者:結社異譚語り | |||
2009年 | 9月 | 21日 | ページ公開 |
2011年 | 9月 | 4日 | 最終更新 |