◆ Märchen << HKM4 < i ii iii iv v vi vii viii ix x xi xii xiii
ところで、街ではやっぱりまだ裁判つづきの毎日で、死んだあと永遠に地獄で焼かれることになっている異端者たちが、あらかじめ火刑台の炎でからだをならしているのでした。そこで貧しい木こりは、最後の薪でもうひともうけしようと考えて、次の日も街で商売をしてくることにきめました。これまでと同じように、おかみさんがそのお供をして出かけ、末の娘は家に残ることになりました。娘は両親を見送ると、きちんと戸にかんぬきをかけ、窓もしっかりしめておきました。
するとお昼を過ぎたころ、いつものようにお客さんがやってきて、家の戸をたたきました。娘はまた戸をしめたままで「どなた?」とたずねました。すると相手は、
「末の娘さんだね。こんどこそ、おかみさんの返事を聞かせてもらえるんだろうね?」と聞くのでした。そこで娘は、
「ええ」と答えました。「母さまは、どうぞ約束のものをお取りください、って言ってたわ」。
するとそのとたん、太いかんぬきが音を立ててふたつに割れ、家の戸がひとりでにひらきました。そとには熊の毛皮をかぶった男が立っていて「そいつはおまえさんのことだ!」と言いました。「つまりおまえさんは、自分を連れていっていいと言ったのだ。だからそのとおりにしてやろう」。
その言葉がおわるやいなや、男はさっと娘をかかえあげると、まるで羽根でも生えているかのようないきおいで、大きな森のなかへと飛びこんでいきました。そして気がついたときには、たくさんの木立ちのあいまをとおり抜け、森の奥深くまでやってきていました。そこにはりっぱなお城が建っていて、城壁の門をくぐると、見たこともないようなすばらしい庭園がひろがっていました。城門から建物へとつづく道には、石だたみのかわりにまじりけのない金がしきつめられ、色とりどりの宝石でできた噴水からは、水ではなくワインがふきだしているのです。けれども、そんな道や噴水でさえ、庭じゅうに咲いているたくさんのばらの花とくらべたら、なにもないのと変わりませんでした。その庭園にはあらゆる種類のばらが植えてあり、どの木も見事な花をつけていて、たとえようもなく美しかったのです。
ところが、ばらの木のすぐ前まで来ると、熊の毛皮男は娘を下におろし、枝についている花をよく見せてやりました。するとそれは、布でできたつくりもので、ほんとうに咲いている花ではありませんでした。「見てのとおり、ここにあるばらの花はみんなにせものだ。こいつらは、もう何年もあれこれ手をつくしているというのに、いちども咲いてはくれんのだ」と男は言いました。「この城の王さまは、ばらの花がなによりお好きでな。庭師のおれを呼んで、いちめんにばらが咲きみだれる美しい庭園をつくれ、と命じられたのだ。それでどうにかここまではできたんだが、おれのような男はばらの世話だなんてがらじゃないもんだから、あとがさっぱりうまくいかん。おまえさんを連れてきたのは、おれのかわりに最後のしあげをしてもらうためだ。見たところ、おまえさんならこの仕事にうってつけだろうし、ばらの花を咲かせることができれば、王さまは望みのままにほうびをくださるぞ」。
それから娘は、せまくるしい使用人部屋へ案内され、古びたベッドをあてがわれました。そして、お城づとめをしているおおぜいの侍女たちといっしょにそこで寝起きしながら、毎日ばらの手入れをして暮らすことになりました。庭園で働きはじめた娘は、まずつくりものの花をみんな取ってしまい、それからむだな枝はきれいに切り落として、最後にたっぷりと水をやりました。すると庭のばらたちは、世話をしに来るこの娘の美しさに負けまいと、きそって枝じゅうにつぼみをつけ、次々と花をひらかせました。こうしてほどなく、庭園は咲きほこるばらの花におおわれ、かぐわしい香りでいっぱいになりました。年老いた王さまも、その知らせを聞くとすぐにやってきて、毎日を庭園で過ごすようになりました。この人は、大好きなばらがこれほど見事に咲いていることを、それはもうとてもよろこんで、世話係りの娘をたいそうほめたたえました。そして娘は、すてきな服や靴、きれいな宝石や真珠を山ほどもらい、大臣でなければ使えないような、広い部屋に住むことをゆるされました。そればかりか、これまでいっしょに寝起きしていた侍女たちも、いまでは娘の召使いとして与えられ、身のまわりの世話をつとめることになったのです。娘はいっそう美しくなり、お姫さまのようなすばらしい暮らしをして、誰からもうらやましがられるようになりました。
けれども、そんなはなやかな生活も、けして楽しいことばかりではありませんでした。庭園のばらたちはどれも気ぐらいが高く、身分のちがう世話係りの娘となんて、これっぽっちも仲よくするつもりがなかったのです。そうでなくともこの娘は、あいかわらず庭園の花をみんなあつめたより美しく、ばらたちがどれほどおめかしをしようとも、とうていくらべものにはならないのでした。ばらたちはそれが気にくわず、心のなかでは娘を嫌っていて、ことあるごとにいじわるをしました。そんなわけで娘は、庭園にいるあいだじゅうひとりぼっちで、みんなのきげんをそこねないよう、いつも気をつけていなければなりませんでした。それでもこのばらたちは、あれこれと娘の仕事にけちをつけ、世話のしかたが悪いと言っては怒り、鋭い棘で引っかいてやろうとするのでした。そこで娘は、お気にいりの服をいくつもやぶかれ、細い手足には生傷がたえず、つらい思いを毎日こらえていなければなりませんでした。
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著者:結社異譚語り | |||
2009年 | 9月 | 21日 | ページ公開 |
2011年 | 9月 | 4日 | 最終更新 |