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異譚メルヘン第四話呪いをかけられた王子さま


ところで街ではやっぱりまだ裁判つづきの毎日で死んだあと永遠に地獄で焼かれることになっている異端者たちがあらかじめ火刑台の炎でからだをならしているのでしたそこで貧しい木こり最後の薪でもうひともうけしようと考えて次の日も街で商売をしてくることにきめましたこれまでと同じようにおかみさんがそのお供をして出かけ末の娘は家に残ることになりました娘は両親を見送るときちんと戸にかんぬきをかけ窓もしっかりしめておきました。

するとお昼を過ぎたころいつものようにお客さんがやってきて家の戸をたたきました娘はまた戸をしめたままでどなた?とたずねましたすると相手は、

末の娘さんだねこんどこそおかみさんの返事を聞かせてもらえるんだろうね?と聞くのでしたそこで娘は、

ええと答えました。母さまはどうぞ約束のものをお取りくださいって言ってたわ」。

するとそのとたん太いかんぬきが音を立ててふたつに割れ家の戸がひとりでにひらきましたそとには熊の毛皮をかぶった男が立っていてそいつはおまえさんのことだ!と言いました。つまりおまえさんは自分を連れていっていいと言ったのだだからそのとおりにしてやろう」。

その言葉がおわるやいなや男はさっと娘をかかえあげるとまるで羽根でも生えているかのようないきおいで大きな森のなかへと飛びこんでいきましたそして気がついたときにはたくさんの木立ちのあいまをとおり抜け森の奥深くまでやってきていましたそこにはりっぱなお城が建っていて城壁の門をくぐると見たこともないようなすばらしい庭園がひろがっていました城門から建物へとつづく道には石だたみのかわりにまじりけのない金がしきつめられ色とりどりの宝石でできた噴水からは水ではなくワインがふきだしているのですけれどもそんな道や噴水でさえ庭じゅうに咲いているたくさんのばらの花とくらべたらなにもないのと変わりませんでしたその庭園にはあらゆる種類のばらが植えてありどの木も見事な花をつけていてたとえようもなく美しかったのです。

ところがばらの木のすぐ前まで来ると熊の毛皮男は娘を下におろし枝についている花をよく見せてやりましたするとそれは布でできたつくりものでほんとうに咲いている花ではありませんでした。見てのとおりここにあるばらの花はみんなにせものだこいつらはもう何年もあれこれ手をつくしているというのにいちども咲いてはくれんのだと男は言いました。この王さまばらの花がなによりお好きでな庭師のおれを呼んでいちめんにばらが咲きみだれる美しい庭園をつくれと命じられたのだそれでどうにかここまではできたんだがおれのような男はばらの世話だなんてがらじゃないもんだからあとがさっぱりうまくいかんおまえさんを連れてきたのはおれのかわりに最後のしあげをしてもらうためだ見たところおまえさんならこの仕事にうってつけだろうしばらの花を咲かせることができれば王さまは望みのままにほうびをくださるぞ」。

それから娘はせまくるしい使用人部屋へ案内され古びたベッドをあてがわれましたそしてお城づとめをしているおおぜいの侍女たちといっしょにそこで寝起きしながら毎日ばらの手入れをして暮らすことになりました庭園で働きはじめた娘はまずつくりものの花をみんな取ってしまいそれからむだな枝はきれいに切り落として最後にたっぷりと水をやりましたすると庭のばらたちは世話をしに来るこの娘の美しさに負けまいときそって枝じゅうにつぼみをつけ次々と花をひらかせましたこうしてほどなく庭園は咲きほこるばらの花におおわれかぐわしい香りでいっぱいになりました年老いた王さまその知らせを聞くとすぐにやってきて毎日を庭園で過ごすようになりましたこの人は大好きなばらがこれほど見事に咲いていることをそれはもうとてもよろこんで世話係りの娘をたいそうほめたたえましたそして娘はすてきな服や靴きれいな宝石や真珠を山ほどもらい大臣でなければ使えないような広い部屋に住むことをゆるされましたそればかりかこれまでいっしょに寝起きしていた侍女たちもいまでは娘の召使いとして与えられ身のまわりの世話をつとめることになったのです娘はいっそう美しくなりお姫さまのようなすばらしい暮らしをして誰からもうらやましがられるようになりました。

けれどもそんなはなやかな生活もけして楽しいことばかりではありませんでした庭園ばらたちはどれも気ぐらいが高く身分のちがう世話係りの娘となんてこれっぽっちも仲よくするつもりがなかったのですそうでなくともこの娘はあいかわらず庭園の花をみんなあつめたより美しくばらたちがどれほどおめかしをしようともとうていくらべものにはならないのでしたばらたちはそれが気にくわず心のなかでは娘を嫌っていてことあるごとにいじわるをしましたそんなわけで娘は庭園にいるあいだじゅうひとりぼっちでみんなのきげんをそこねないよういつも気をつけていなければなりませんでしたそれでもこのばらたちはあれこれと娘の仕事にけちをつけ世話のしかたが悪いと言っては怒り鋭い棘で引っかいてやろうとするのでしたそこで娘はお気にいりの服をいくつもやぶかれ細い手足には生傷がたえずつらい思いを毎日こらえていなければなりませんでした。


著者結社異譚語り
2009年9月21日ページ公開
2011年9月4日最終更新